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欧州概観

ドイツ

 シュレーダー首相は9月11日の事件直後、米国との「無条件の連帯」を約束し、米国の捜査・司法当局と緊密に協力しながら徹底的な犯罪捜査を開始させたほか、法の抜け道を閉ざし、テロ組織の疑いがある団体に対する監視強化を含むテロ対策法の成立に向け、国民や政府への取り組みを始めた。

 ドイツ連邦議会は11月16日、ドイツ軍が不朽の自由作戦 (OEF)に参加することを承認した。ドイツ軍兵士は現在、OEFやアフガニスタンに展開する国際治安支援部隊に参加している。ドイツまたは、アフガニスタンで新たに設置された警察組織の訓練・装備において、主導的な役割を果たしてきている。

2001年9月20日、ドイツ・ベルリンの米国大使館前に置かれたテディーベアの背後に立つドイツ国境警備官。9月11日の同時多発テロの犠牲者を悼み、大使館前には花やろうそくが手向けられた
2001年9月20日、ドイツ・ベルリンの米国大使館前に置かれたテディーベアの背後に立つドイツ国境警備官。9月11日の同時多発テロの犠牲者を悼み、大使館前には花やろうそくが手向けられた

 ドイツ警察は、9月11日の同時多発テロ直後、同事件のハイジャック犯やその関係者が以前居住していたハンブルク市内の複数のアパートを捜索した。その後も、数多くの法執行措置が取られた。

 ドイツ警察は10月10日、他国と連携し強制捜査を行い、リビア人のラセド・ベン・ヘニン容疑者をミュンヘンの自宅近くで逮捕した。この一斉捜査によりイタリアでも、チュニジア人2人が逮捕された。ベン・ヘニンは、アルカイダに関係している疑いがあり、11月23日、イタリアに引き渡された。

 ドイツ当局は10月18日、同時テロのハイジャック犯3人が拠点として利用していたハンブルクのテロ細胞に属していたと見られる、ザカリヤ・エサバル、サイド・バハジ、ラムジ・オマルの3人を国際指名手配した。

 ドイツ警察は11月28日、同時テロのハイジャック犯の数人が利用していた銀行口座を管理し、ハンブルクのテロ細胞と「密接な関係」を持っていた容疑で、27歳のモロッコ人、モウニル・エル・モタサデク容疑者をハンブルクの自宅で逮捕した。連邦検察局によれば、エル・モタサデクは、同時テロの首謀者と見られるモハメド・アタを含め、ハンブルクのテロ細胞のメンバー数人と数年にわたり、緊密な接触を持っていた。連邦検察の説明によれば、エル・モタサデクはまた、ハイジャック犯の1人マルワン・アルシェヒの銀行口座の委任状を持っていた。

 ドイツは12月12日、ケルンに拠点を置く「カプラン派」を中心とするイスラム過激派組織網の活動を禁止した。警察は、この禁止令との関連でドイツ国内7つの州で200カ所の家宅捜索を行い、以前から当局が反民主的・反ユダヤ的組織と見ていたカプラン派本部を差し押さえた。活動禁止令は、カプラン派関連の財団「イスラムの使徒」や他の19の下部組織に属するメンバー計約1100人にも適用される。敵対する宗教指導者の暗殺を呼びかけた罪で収監されている、カプラン派指導者メティン・カプランは、ドイツでは「ケルンのカリフ」として広く知られている。

 ドイツは警備関連予算を約15億ドル増額し、テロ対策のため各省庁に新たに2320の役職を設けることを明かにした。政府当局は、いわゆる「スリーパー(冬眠テロリスト)」やテロ支援者を含め、ドイツ国内に潜伏しているテロリストの発見のため先端技術を駆使している。

 ドイツの裁判所は4年間の審理を経て、米兵2人が死亡した1986年のベルリンのディスコ「ラベル」爆破事件の容疑者5人のうち4人に有罪判決を言い渡した。1人の被告は殺人罪、残りの3被告は殺人ほう助の罪で、それぞれ12年から14年の懲役刑に処された。5人目の被告は証拠不十分で釈放された。この判決で、このテロ事件の計画・支援にリビア政府が関与していることが明白になった。検察は、より長期の懲役刑を求め控訴し、被告側も控訴した。控訴審は最長2年かかることがある。

 

ギリシャ

 ギリシャ政府は9月11日の同時多発テロ事件後、他のEU加盟国と協力し入国管理の警備強化、米国と連合国間の情報共有、テロとの関係が疑われる金融資産の監視強化を含め、テロとの戦いを支援するテロ対策体制の整備に取り組んだ。ギリシャ議会は、包括的な組織犯罪・テロ取締法の可決によって、テロとの戦いへの取り組みを示す重要な措置を取った。同法の主要な規定には、(市民陪審制という、陪審員個人に対する脅迫が懸念された制度を廃止し)裁判官による裁判の義務づけ、警察によるおとり捜査の是認、裁判証拠としてのDNAの採用、従来の盗聴を超えた電子的な監視手法の許可などが含まれる。

 ギリシャと米国の関係当局はこれまで、米国市民を標的としたテロ事件の捜査に、良好な協力関係を維持してきた。にもかかわらずギリシャ政府は、過去20年にわたる「11月17日革命機構」(17N)や「革命中軸」(RN) に属するテロ実行犯の逮捕や有罪宣告を行っていない。

 重大なテロ関連事件で、ギリシャ人のテロ容疑者の刑期が実質的に短縮されたり、有罪判決を覆す判決が続いたことは、テロ対策の一側面で後退があったことを意味する。

 「反国家闘争」のテロリストで、長期間逃亡していたアブラム・レスペログロウ容疑者は、17年の刑期を言い渡されたギリシャ人警察官の殺人未遂事件を含め、複数の罪で有罪判決を受けていたが、4月には控訴審で有罪判決が覆された。10月には、検察側証人が出廷しなかった、あるいは、同容疑者を現場で目撃したというこれまでの証言を撤回したため、レスペグロウと反国家闘争との関係について不起訴処分となった。こうした事態の推移から、証人が脅迫されたとの疑いも出てきた。レスペログロウは11月には、すべての容疑で無罪となり釈放された。

  別の重要事件では、「都市型無政府主義者」のメンバーであると自白したニコス・マジオティスは、15年の刑期を5年以下に減刑された。予審判事は後に、「ギリシャ政府庁舎に爆破装置を仕掛けたのは政治声明であり、テロ行為ではない」として、全く反省の色を見せないマジオティスの主張に同意したと述べた。

 ギリシャの裁判所は、1999年にテッサロニキの米国総領事館前にガス容器爆弾を仕掛けているところを逮捕された若い女性に、形式的な軽い処罰しか与えず、また検察の再審請求も2003年まで先送りした。 

 1999年には20件に上ったギリシャでの反米テロ攻撃事件は、2001年にはわずか3件にまで減少した。ギリシャで最も破壊的なテロ組織17Nやもうひとつの主要テロ組織であるRNは、2001年には全く犯行声明を出していない。しかし、反グローバリゼーションや反戦を標榜する無政府主義組織が、テロ戦術を積極的に採用しているようである。2001年にはギリシャ国内の米国権益に対し3件の放火事件があり、1件は米国資本のファストフード店に対する放火で犯人は不明、残りの2件は、米国ナンバーの車両に対する「ブラック・スター」と称する組織による放火であった。その他の無名組織がギリシャ国内の標的多数を襲撃しており、また、「革命暴力組織」はタイやイスラエル政府関連の権益を襲撃した。

 ギリシャ当局者は、2004年アテネで開催される夏季オリンピックに向けた警備計画の作成に着手し、多くの協議やシンポジウムを通じて、オーストラリア、フランス、ドイツ、イスラエル、スペイン、英国、米国による「オリンピック警備諮問グループ」7カ国を含め、警備やオリンピック開催に関し幅広い経験を持つ主要国と協力を続けた。

 

イタリア

 イタリアは9月11日以降、テロ対策を強化し、米国を外交と政治面で積極的に支持した。イタリアは、米国主導の戦いを支持すると表明し、陸・海・空軍の部隊の提供を申し出るなど、アルカイダに対抗する国際的な連合の中で顕著な役割を果たした。イタリアはまた、テロ行為として処罰される新たな犯罪行為を列挙し、警察権限を新たに拡大することなどを規定した複数のテロ対策関連法を最近可決し、法執行能力を強化した。

 イタリアの司法・捜査当局は、同時テロ攻撃後数週間、アルカイダなどの過激派に関係する疑いがある人物を追跡・逮捕する取り組みを強化した。10月10日には、ローマの米国大使館爆破を計画したとして4月にイタリア当局によって逮捕された、「チュニジア闘士組織」の指導者エシド・サミ・ベン・ケマイス に関係する過激派数人を逮捕した。イタリア当局はまた、11月の中旬と下旬、ミラノの「イスラム文化研究所」を強制捜索し、アルカイダと関係すると見られるイスラム過激派数人を逮捕した(関連情報参照)。イタリアはまた、テロ資金の流れを断つことにも協力した。10月には、テロ活動資金源を特定・封鎖するため、財務、外交、法務を含む各省庁幹部と警察・捜査機関の代表者から構成される金融安全保障委員会が設置された。

ローマの米国大使館入口を警備するイタリアの警察官。同時テロ事件以降、イタリアは、米国主導のテロとの戦いに軍隊を派遣し、外交と政治面でも対米支援を行った
ローマの米国大使館入口を警備するイタリアの警察官。同時テロ事件以降、イタリアは、米国主導のテロとの戦いに軍隊を派遣し、外交と政治面でも対米支援を行った

 イタリアはまた、2001年を通じ、過去にイタリアや米国関連の権益を攻撃した国内テロ組織だけでなく、イタリア内外で活動する国際的なテロ組織との関連が疑われる団体の解体にも傾注した。4月には、「革命プロレタリア細胞イニシアティブ」(NIPR) がローマの国際問題研究所を爆破した。「反帝国主義領土中軸」(NTA) は、8月にベネチアの裁判所建物を、また2000年9月にはトリエステの中欧イニシアチブ (INCE) 事務局を攻撃した、との犯行声明を出した。両組織とも、反米・反NATOを標榜し、1970年代から80年代に勢力を誇った「赤い旅団」の理想を信奉する、左派無政府主義集団である。

 イタリアが、G8のテロ対策専門家グループで積極的に指導力を発揮したことで、国際的なテロとの戦いへのG8の貢献の指針となる、25項目にわたる行動計画策定に大きな進展があった。この行動計画により、G8加盟国の外務および司法・捜査機関によるテロ対策の協調態勢が強化された。イタリアがテロとの戦いに他の欧州諸国と参加したこと、そして、イタリア、米国およびスペイン、フランス、ドイツ、英国、ベルギーを含む欧州の数カ国との間で幅広い協力があったことが10月10日の逮捕につながった。イタリア政府はさらに、テロに対する2国間の取り組みを進めるためスペイン政府とも協力し、11月初旬にグラナダで行われた両国の首脳会談で、テロ対策合同チームの設置と違法入国阻止のため長距離列車内を共同で巡回することに合意した。

イタリア:テロ細胞は包囲された

イタリアは長い間、国内・国際テロと戦ってきた。その卓越した司法・捜査機関や新たに強化された裁判権を通じ、イタリアはこれまで多数のテロ細胞を撲滅し、テロ組織の資産を特定・凍結し、国内で自国や自由主義国家の権益を標的とした襲撃計画を未然に阻止してきた。

イタリア当局は1月、米国政府当局者と協力し、ローマの米国大使館に対する攻撃を未然に阻止した。イタリアの情報機関が捜査を開始し、その結果ローマとバチカンの米国大使館およびナポリとミラノの米国領事館が閉鎖された。警備上の理由でローマの大使館が閉鎖されたのは、1991年の湾岸戦争以来初めてであった。イタリア政府が迅速に行動し、かつ警察当局が警備体制を強化したことが相まって、捜査が継続している間も大使館業務を再開できた。

 イタリア当局が解明した情報が一助となり、すでに捜査対象であった「チュニジア闘士組織」と「サラフィスト・グループ」(GSPC)に加えて、タレク・マロウフィを容疑者として特定できた。イタリア政府は、マロウフィの身柄引き渡しをベルギーに求めている。

 捜査当局は、アフガニスタンに2年間滞在し、アルカイダのテロリスト勧誘活動の訓練を受けたサミ・ベン・ケマイス・エシド (写真)がこのテロ計画を指揮したことを知った。当局は、ベン・ケマイスがイタリアでのアルカイダの活動を統率していたとみている。ベン・ケマイスは、テロリスト勧誘活動やテロ攻撃計画の隠れみのとなる企業を所有していた。

 警察はベン・ケマイスを監視中、彼が欧州全域のテロ細胞と関係を持っていたことを発見した。捜査員によると、イタリア当局が同時テロ事件の数カ月前から武器、薬品、爆発物の証拠を求め監視していたミラノにある「イスラム文化研究所」に、テロリストらが出入りしていた。このほかに、この文化研究所に足しげく通っていた者には、いずれもアルカイダの犯行である1993年の世界貿易センター爆破事件、および1998年のタンザニアとケニアの米国大使館爆破事件に関係したテロリストらが含まれていた。

ベン・ケマイス ベン・ケマイスは逮捕後、有罪判決を受け最近8年の懲役刑を宣告された。4月までに、ウサマ・ビンラディンに関係する5人の北アフリカ出身者が、米国大使館襲撃計画との関連で拘束された。警察と司法当局が、これら拘束者とアルカイダとの「重大な」関係を確認する情報を入手しとことで、10月には追加の逮捕状が出された。

イタリアの報道によると、当局はまた、このテロ細胞が毒ガスの使用を計画していたことを示唆する証拠も入手した。イタリアの警察は2001年3月14日、ベン・ケマイスが「この製品の方が優れている。この液体は、開けるとすぐに人を窒息させるため、ずっと効率的だ」と話している会話を録音した。

 7月のジェノバでのG8首脳会議の期間中に、アルカイダのテロリストに関係する複数の人物がブッシュ大統領の暗殺を計画しているとされていたが、これも未然に阻止された。この話は深刻に受け止められたが、サミット向けに警備が強化されていたため、危機は回避できた。

 カルロ・アゼリョ・チャンピ大統領は9月のテロ事件後、イタリアはテロとの戦いで米国と連帯することを強調した。シルビオ・ベルルスコーニ首相も同様に、「イタリアは今、米国の側に立っている。これまでもそうであったように、これからもずっとそうあり続ける」と強調した。イタリア政府は、米軍機がシチリアのシゴネラ空軍基地から不朽の自由作戦に参加するための発着ができるよう、必要な手続きを自発的に早めた。同基地は、欧州の中でも南西アジアに移動する米軍機が最も頻繁に利用する空軍基地となった。

イタリアのクラウディオ・スカヨラ内相は12月15日、米国のアシュクロフト司法長官との共同記者会見の中で、「イタリアが取った措置は、国際レベルでも追求されなければならない戦略の不可欠な一部分である。われわれはまた、両国間で情報交換をより効果的にするため米伊二国間委員会の活動を再開することにより、警備対策にかかわる実務的関係をさらに強化することを決めた」と述べた。

 イタリアは、空母ガリバルディ、軍人2500人、ハリアー・ジェット戦闘機8機、トルネード偵察機6機を含め、不朽の自由作戦に対し4番目に大規模な兵力を提供し、顕著な役割を果たした。イタリアはまた、フリゲート艦2隻と補給船1隻をペルシャ湾に派遣した。これとは別に、兵士約350人を、首都カブールの治安回復支援を任務とする国際治安部隊に派遣した。

 イタリアはテロ行為を阻止するため、司法・捜査と立法の両面で高度な体制を確立してきた。イタリア当局はさらに、9月11日の同時多発テロ事件を受け、追加支援と保護を求めるローマの米国大使館の要請に迅速かつ積極的に応えた。政府は10月、テロ容疑者を捜査・追跡するため警察と司法に対し追加的な権限を与える政令を承認したが、これはイタリアによるテロとの戦いへの取り組みを明確に示すものである。議会は12月、政府の措置を支持し政令を法律として可決した。この法律はまた、イタリア政府がテロ組織の資産をより迅速に凍結することを可能にした。

11月7日、イタリア議会は国際的なテロとの戦いを支援するため、陸・海・空軍の部隊派遣を承認した。イタリア当局によれば、国会議員の9割以上がこうしたテロ対策措置を支持し、また当時のルジェロ外相によれば、こうした措置はイタリアの「深刻な事態であるという認識と、この課題に取り組む国民の総意の強さ」を証明している」。

 イタリアのクラウディオ・スカヨラ内相によれば、「イタリアは、米国がこれまで経験したことがない形でテロをすでに経験してきた。米国とイタリアは、相互協力の基盤として利用できるよう、それぞれの国の経験からできるだけ多くを学ぶ必要がある」。