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*下記の日本語文書は参考のための仮翻訳で、正文は英文です。

ウッドロー・ウィルソン・センターにおける講演

J・トーマス・シーファー大使
2007年9月6日


 過去2年半にわたり、私は日本において米国を代表するという大きな光栄に浴してきました。また、それに先立つ4年近くの間、私は駐オーストラリア米国大使を務めました。この2つのポストは、太平洋地域における米国の戦略上の利益について考える、またとない機会を私に与えてくれました。本日は、アジアが引き続き私たちや世界の他の地域にとって紛争ではなく機会をもたらす地域であるためには、私たちは今後どの方向に進む必要があるか、ということについて個人的な考えをお話ししたいと思います。私は、このウッドロー・ウィルソン・センターで私の考えを述べさせていただく機会を得たことを、とりわけ感謝しております。ウッドロー・ウィルソン大統領ほど、民主主義の恩恵を他の諸国と分かち合いたいと強く願っていた大統領はいませんでした。彼は、米国が世界を永続的な戦争から恒久的な平和へと導くことを望んでいました。民主主義的なヨーロッパというウィルソン大統領の理想が実現するには1世紀近い年月がかかりましたが、彼は、市民の選んだ政府が最終的には人類の希望の星になると知っていました。ウィルソン大統領を称えて名付けられたこの機関でお話をさせていただくことは、非常に名誉なことです。

 アジアにおける米国の外交政策という、より広範な議題についてお話しする前に、日本の現状について最新の情報をお伝えしたいと思います。皆さんももちろんご存じと思いますが、7月の参議院選挙では、自由民主党(自民党)が歴史的大敗を喫しました。わずか2年前に屈辱的な敗北を味わった民主党が、新たに活気を取り戻し、ひょっとすると次の衆議院選挙で政権を取る可能性が出てきました。

 なぜ、かくも急激にこのような展開になったのでしょうか。その答えは簡単だと思います。自民党が支持を失ったのは、昔ながらの理由によるものです。すなわち一連のスキャンダルと能力欠如の問題です。スキャンダルのせいで国民がすでに安倍内閣への信頼を大いに失っていたところへ、政府が6400万件を超える年金記録を紛失していたことが明らかになりました。仮に、米国の社会保障庁が6400万人分の社会保障口座の記録を紛失し、彼ら名義の入金となるかどうか確認する方法がない、と米国大統領が発表しなければならなくなったらどうなるか、ちょっと想像してみてください。一言で言えば、日本ではそのような事態が起きたのです。激怒した国民は投票所に足を運び、不正と能力欠如は許されないというメッセージを最も手厳しい形で自民党に送ったのです。自民党にとって幸いなことに、政権は衆議院で過半数を占める党が握るものであり、衆議院議員は改選期ではなかったため、自民党が引き続き過半数を占めています。しかし、安倍政権の惨敗の影響は、政権が終わるまで続くでしょう。つい最近行われた内閣改造で、安倍首相は国民の信頼を回復しようとしました。首相が自民党を率いて次期総選挙を戦うつもりであれば、そうした信頼回復は不可欠です。

 皮肉なことに、選挙の争点は国内問題に集中したにもかかわらず、民主党の小沢代表は、まず外交政策の問題で自民党に戦いを挑む構えのようです。それは、国連が正当性を認めた、アフガニスタンにおける国際的な対テロ作戦の一環として日本が行っている、インド洋での有志連合の艦船への給油活動の継続問題です。日本がアフガニスタンおよびテロとの戦いで不可欠な独自の役割を果たしていること、そして日本の参加がなくなれば、シーレーンを確保しテロリストの移動を阻止する活動で他国の負担が増加することを、小沢氏と民主党が認識することが望まれます。日本は、消費する石油のおよそ90%を中東から輸入しています。アフガニスタンがさらに難しい、あるいは混沌とした状況になることは、日本にとっても世界にとっても利益にはなりません。文明社会と、自らの政治的大義を推進するために国籍を問わず罪のない市民を殺害しようとする人々との戦いの結果に、日本政府は何の関心も持たない、とテロリストが考えることは、日本の利益になりません。テロリズムは、私たちの時代を破滅させる元凶であり、これを排除するために誰もがそれぞれの役割を果たさなければなりません。小沢氏と民主党が、これは党派政治を超えた問題であると判断し、ほかの問題に焦点を絞って民主党を現政権と差別化することが望まれます。

 日本は今、とても興味深い場所です。先の選挙の影響のほかにも、この6~7年間に、日本、アジア、および国際秩序の将来に多大な影響を及ぼし得る、さまざまな出来事が起きています。日本は、第2次世界大戦をこれきりで終わらせたいと望んでいます。日本国民は、いまだに第2次大戦の歴史的な重荷を背負っていることを自覚しています。日本人は、戦後の最も優れた点を維持したいという考えと、他の国々とより「正常な」関係を築くことの間で板ばさみになっています。日本人は、日本の軍国主義が何らかの形でよみがえるのではないかという不安を再燃させることなく、日本が国際問題で発言力を強めることを望み、これに取り組んでいます。

 日本は世界で唯一平和憲法を持つ国であり、この憲法のおかげで、日本は怒りに任せて銃弾を発射することなく、第2次大戦後の荒廃の中から立ち上がり、国家を再編成し再建することができました。ちなみにこの憲法は、その61年間の歴史において1度も修正されたことがありません。日本国民が、憲法改正の手続きを始める前に、あらゆる選択肢を評価したいと考えるのも無理のないことです。ここでひとつ申し上げておきたいことがあります。日本が憲法改正についてどうすべきか決めることができるのは、日本国民だけです。米国は、日本が国際問題で発言力を強めることを歓迎します。日本は60年以上にわたって模範的な世界市民となってきましたが、そのために憲法改正が必要であるかどうかという点は、米国国民ではなく日本国民が決めるべきことです。

 現在アジアは自らを再定義している最中であり、日本は自分の居場所を見つけようとしています。地域秩序が不安定なため、日本国民や日本政府当局者の間に一定の不安と懸念が生じています。従来アジアは、ある国が他の国の上に立つという縦の関係で地域内を見てきました。こうした縦の関係は、軍事的または経済的な力によって決められてきました。この何十年間かは、米国がアジアの勢力構造の中で1位を占めてきました。先の戦争の終結以来、アジアでは軍事的にも経済的にも米国に並ぶ存在は出てきていません。日本は、世界第2位の経済を築き、自らをアジアに冠たる経済大国とみなしてきました。そして今、中国が大国としての地位を回復してきたため、日本が現在の地位を失うのではないか、アジアの勢力構造の中で日本の地位が第3位に落ち、地域や世界における日本の影響力が弱まるのではないか、と懸念する日本人もいます。その一方で、日本人は難問に直面しています。中国は、日本経済の成長の機会であると同時に、アジアにおける影響力という点で日本のライバルとみなされています。私は、日本がアジアのリーダーとして、中国と同等の立場にあるとみなすようなアジアの秩序を、日本は受け入れることができると確信していますが、日本が中国より劣る立場にあるとみなされるような状況は、ほとんどの日本人にとって心地よくないのではないかと思います。私たちも皆そうですが、日本も、ほかの国が決めた政策に対応するのではなく、リーダーシップを発揮できるような、世界で影響力を持つ地位を維持することを望んでいます。中国は日本にとって心配の種であり、率直なところ日本は中国にとって心配の種です。この両国が同時に大国としての地位についたことはなく、どちらの国も、今そうなることが、自国の最大の利益になるのかどうか確信を持てずにいます。私は、そうなる可能性があると考えていますが、そのためには米国が不可欠な役割を果たさなければならないとも考えています。それは容易に達成できることではなく、その過程で誰もが間違いを犯す機会は無数にあります。しかし、米国であろうと日本であろうと中国であろうと、相互の利益を実現するには、対立より協力の方が効果的であることを認識する義務がどの国にもあります。

 世界で、そして地域でのライバル関係をめぐる日中の不安に加えて、北朝鮮の核兵器開発のような、国家安全保障上の真の脅威の存在を考えると、私が東京での任務を今最も興味深く重要なものと考えている理由をご理解いただけると思います。北朝鮮の核保有が、北東アジアにとって大きな不安定要素になることは疑いありません。そのまま放置すれば、日本と韓国にも核武装を求める圧力が高まるでしょう。この地域に今、誤算と不信が生じる可能性があると思うならば、関係国すべてが核兵器という選択肢を持ち、たとえ何億ではなくても、何百万もの人々を焼き払うことのできる「8月の砲声(Guns of August)」のような連鎖反応が起きる可能性が生じたらどうなるか、考えてみてください。6者協議において5カ国が協力し、北朝鮮が核兵器を保有することは北朝鮮も含め誰の利益にもならないということを北朝鮮に納得させようとしているのは、そのためです。米国には、これ以外にも北朝鮮の核兵器保有を懸念する理由があります。それは、テロリストが、究極的なテロ行為を実行することのできる技術と兵器を入手したいと切望していることを知っているからです。すでに存在することが分かっている(核兵器)市場に、売り手となり得る存在を作りたくはありません。私たちにとって6者協議が極めて重要であり、私たちが決して核保有国としての北朝鮮を受け入れないのはそのためです。

 言うまでもなく、世界秩序の再定義が進んでいる地域はアジアだけではありません。現在のヨーロッパは、ソビエト連邦崩壊前と比べて、大きく変わっています。それは、古いヨーロッパと新しいヨーロッパの世界観の違いという問題ではなく、ひとつのヨーロッパとしてどのような言動を取るべきかということに対する西ヨーロッパ的見方と東ヨーロッパ的見方の問題です。ちなみにこれは、ソ連が存在していたときには、ヨーロッパのほとんどの人たちが考えもしなかったような事態の展開です。自由で開かれた社会で自らの運命を実現する機会が来ることはないと考えていたヨーロッパ人が、今や、自由な社会に生まれたヨーロッパ人と、未来のヨーロッパのイメージについて議論しています。ヨーロッパでの議論が、世界のほかの地域ではなく、ヨーロッパのことに集中しているのも、あまり不思議ではありません。ヨーロッパには、解決しなければならない大きな問題がいくつかあります。ヨーロッパは自らをどのように統治するのか。ヨーロッパはひとつのヨーロッパとして発言するようになるのか、それとも多くの国の集合体として発言するのか。ヨーロッパはどのようにして域外にその力を伸ばすのか。市民は自分の国またはヨーロッパ大陸のために危険にさらされることになるのか。これらは重要であるとともに、答えを出すのが難しい問題です。こうした問題が議論されている一方で、国際社会が直面する大きな課題を方向付けるために引き続き米国の指導力が必要とされるでしょう。私たちは、時にこの重荷に疲れ、その困難さにいら立ちを感じるかもしれませんが、その重荷を降ろすことはできません。なぜなら、私たちに代わってその役目を果たすことのできる存在はないからです。そして、ほかの国々が、自らの政府を選出し法の支配によって統治をする、自由で繁栄した世界をつくるという大望を実現できるようにこれを支援するという役割を、米国以上にうまく果たすことができる存在はありません。

 それでは、北東アジアにおける米国の具体的な役割とはどのようなものなのでしょうか。ひとつには、この地域全体の安定に貢献できる唯一の国としての役割を引き続き果たしていきます。アジアは、まだ大国同士が衝突する可能性が残る、世界で唯一の地域です。朝鮮半島または台湾海峡において、壊滅的な結果につながる出来事が発生する可能性が残っています。少し奇妙ではありますが、北東アジアのすべての国が、手に負えない事態を防ぐために米国に依存するようになっています。中国は、台湾との関係に関して、米国が事態を悪化させないようにしてくれることを期待しています。台湾は、中国との関係に関して、米国が事態を悪化させないようにしてくれることを期待しています。韓国と日本は、北朝鮮問題に関して、米国が事態を悪化させないようにしてくれることを期待しています。日本は、中国との関係に関して、米国が事態を悪化させないようにしてくれることを期待しています。中国は、米国と同盟関係にある日本は、独自の道を歩む日本より、中国にとって安全であると考えています。日本は、米国と同盟関係にある韓国は、独自の道を歩む韓国より、日本にとって安全であると考えています。米国がアジアに関与せず、アジアにおける自らの指導的な役割を認識することもなくなれば、アジアは極めて短期間に、非常に危険な地域と化すでしょう。米国の利益とアジアの利益は一致しています。それは、安定と、自由な市場、自由な思考、そして自由な政治制度の継続的な強化です。これらの目標を達成するためには、アジアにおける米国の関与が不可欠です。米国は、太平洋地域における平和の継続に欠くことのできない要素です。しかし、誤解のないように申し上げておきます。私は、世界のあらゆる問題を米国が解決できると考えてはいません。そのようなことは全くありませんが、銃ではなく法の支配に基づくアジアおよび世界の秩序を築く上で、安定化と育成の両方の役割を果たすための軍事力と経済力を持つ国家は、世界でも米国だけだと思います。引き続きアジアに全面的に関与することは、米国自身の国益となります。

 アジアにおける米国の役割に着手するに当たり、ヨーロッパにおける米国の体験と必ずしもすべて重なるものではないことを認識しなければなりません。国民国家の創出以来、ヨーロッパ人は何世代にもわたって、どうすれば国家間で利益の均衡を図ることができるかを考えてきました。こうした横の権力分担がヨーロッパの外交政策の中心となり、国際秩序の重心となりました。英国の外交政策は、ヨーロッパではひとつの国家が支配的になるべきではないとの考えを基本としていました。フランスとロシアの外交政策は常に、ドイツの野心を抑制する手段として、ドイツが2面戦争に対処しなければならない状況になることを常に望んでいました。ドイツは逆の立場から、ヨーロッパ内外における選択肢を広げるために、そのような状況を避けようとしました。どの国家も、ヨーロッパ内における自国の立場を強化する手段として、他国を見ていました。現在は、欧州連合の出現とソビエト連邦の崩壊によって、そうした状況がすべて変わっています。しかし、国家間の利益の均衡を図るという文化は変わっていません。

 米国は、ヨーロッパの鏡に映った自分の姿を見ながら、大国として成長してきました。米国の外交政策は、おおむねヨーロッパ中心主義でした。その結果、私たちは世界をヨーロッパの観点で見ることが多く、ヨーロッパ式の均衡を求めてきました。端的に言えば、それは大方のアジア人にとっては非常に異質な概念です。アジアでは権力が横に共有されることはなく、先ほど申し上げたように、権力に対する考え方は縦の関係に基づいています。すなわち、最も強いものが最上位に立ち、以下力の順に並び、最も弱いものが下になります。誰かが上に行くために必ずしもほかの者が後退する必要はないという考え方にアジアが慣れるまでには、まだ時間がかかります。米国の大衆文化でよく使われる「win-win situation(双方が得をする状況)」という言葉は、米国人がそれによって表現しようとしている概念を表す言葉が中国語、日本語、あるいは韓国語に存在しないため、これらの言語の翻訳者泣かせであると聞いたことがあります。ちょっと面白い話ですが、それだけではなく示唆に富む話でもあります。

 戦後の米国のアジア外交政策は、本質的に「ハブ・アンド・スポーク」方式を取ることによっておおむね成功してきました。米国は、友好国や同盟国との間で、多国間協力に依存することがない良好な2国間関係を築いています。これまではそのような政策がうまく機能してきましたが、今、米国の友好国や同盟国同士の協力をこれまでよりも強化するように働きかける時期が来ています。日本に着任したころ、私は米国と日本が極めて良好な関係にあるということをよく話題にしました。また米国とオーストラリアが極めて良好な関係にあるという話もしました。ですから、日本とオーストラリアがそれぞれの対米関係と同様の関係を相互に築くことができない理由はない、と感じていました。時には少し変な目で見られることもありましたが、数回に及ぶオーストラリア、米国、日本の3カ国会議を経た今、太平洋地域において同様の目標を持つこの3つの偉大な民主主義国家は、ますます協力を深めています。米国の同盟諸国が相互に協力を深めることは、米国にとっても同盟諸国にとっても利益となりますし、同時に中国にとって脅威になることもありません。

 私たちには中国を封じ込める意図はなく、中国の影響力が建設的かつ生産的に認められるような新たな国際秩序の中に中国を組み込もうとしているだけだということを、常に中国に伝え続けなければなりません。ロバート・ゼーリックが中国に国際秩序の中で「責任ある利害関係者」になってもらうということを述べたとき、彼が言おうとしていたのはこういうことでした。中国は、法の支配、貿易の自由化、および平和な世界の安定から恩恵を得ているのですから、そうしたシステムを支えるために、諸外国から嫌悪されている悪行ばかり働いている常習犯がそのような行動を取ることをやめさせるべきです。中国が大国としての地位と同時にその責任をも受け入れることは、中国にとっても、米国にとっても、そして世界全体にとっても利益となります。そうすれば、中国の影響力の拡大は、他国の利益を損ねることなく、諸外国から拍手をもって迎えられるでしょう。

 しかしながら、米国の行動が日本によって誤解されることのないよう注意しなければなりません。テキサス州には次のような格言があります。「新しい友人と引き換えに古い友人を捨てれば、結局誰も友人がいなくなる」。米国は中国との関係改善を望んでいます。しかし米国は、中国との新たな友好関係のために日本との友好関係を犠牲にすることはできない、ということも理解しています。50年以上にわたり、米国人は、米国の安全保障が日本の安全保障と切っても切れない関係にあることを十分に理解してきました。もし、何らかの理由で、日本を防衛する米国の能力に対する信頼を日本が失ったならば、また日本が独力でやっていかなければならないと考えたならば、直ちにアジアの危険は増すでしょう。一方、日本が米国との同盟関係に安心感を抱いているときには、アジア全体が平穏な状態となります。日本人、米国人を問わず、私が出会った人たちの中で、日本が米国と同盟を組むより世界から孤立した方がよい、と真剣に主張する人は誰もいません。逆に、今日の日本人のほとんどは、単独で歩むより米国と共に歩む方が安全であることを理解しています。私たちは、日本人が今後もそう考えるようにする必要があります。

 また私たちは、米国と他のアジア諸国との友好関係が発展しても、日米の2国間関係が悪影響を受けることはない、と言って日本人を安心させる必要があります。英国と欧州連合の関係が発展しても米国と英国の特別な関係が継続しているように、米国が日本以外の国々との関係を広げ、それら諸国が米国以外の国とも関係を広げようとする中でも、米国と日本の関係は引き続き深まっていくに違いありません。事実、米国と2国間関係を持つ友好国・同盟国が、米国との特別な関係が終わる恐れはないと信じるときに、多国間関係が発展する可能性が最も高まります。

 国際体制の重心は、アジアと太平洋地域に移行しつつあります。米国を太平洋諸国のひとつと考えれば、世界第3位までの経済大国に加え、世界最大級の軍事大国数カ国が、すでに太平洋地域に存在すると気がつくに違いありません。世界の人口の大半がアジア太平洋地域に住んでいます。太平洋地域には、革新と機会と創造性が満ち溢れていますが、同時に難しい問題や対立が起きる可能性もあります。対立ではなく協力が、平和と繁栄に向かう最善の道であることを他の諸国に納得させることができる指導力と力を持っている国は、米国だけです。

 米国人は時に、国際社会で米国が担わなければならない重荷にうんざりすることがあります。なぜほかの国の負担を重くし、米国の負担を軽くすることができないのか、という疑問を持ちます。将来そうした議論が起きたときには、この機関の名前の由来を思い起こすといいでしょう。ウッドロー・ウィルソン大統領には、理想のヨーロッパ、理想の世界がありました。彼は、米国がヨーロッパで平和を実現する最良の方法は、米国がヨーロッパへの関与を続けることだ、ということを理解していました。ウィルソン大統領は、法の支配と自由民主主義の価値を尊重することについて、国際社会が意見を一致させることを望んでいました。そして、正義の実行と自由の獲得をより容易にするため、米国がヨーロッパに関与し世界に関与することを望んでいました。しかし、第1次世界大戦の荒廃、厳しく苦い平和への失望、そして米国による国際連盟加盟拒否といった出来事の後、非常に多くの米国人が、ヨーロッパのことはヨーロッパ人に任せるべきであり、米国は2つの大洋を防衛手段として使って、新たな世界大戦の荒廃から米国を守るべきである、と主張しました。その結果は、ヨーロッパにとっても、世界にとっても、米国にとっても悲惨なものでした。私たちは2度とそのような道を進むことがあってはなりません。米国は、大西洋地域の国であるとともに太平洋地域の国です。米国は、その普遍的な価値観とリーダーシップが、憎悪より希望、戦争より平和が尊重される世界秩序を確立する絶好の機会を世界に提供する、ひとつの理念です。ウッドロー・ウィルソン大統領はそのことを理解していましたし、私たちも心の奥底でそのことを理解しています。米国は今でも、リンカーンの言う「われわれの中にある、より良い天使たち」に訴える人々にとって、危険な世界をそれほど難しくないものにし、難しい世界をそれほど恐ろしいものではないようにする能力を備えています。