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*下記の日本語文書は参考のための仮翻訳で、正文は英文です。

2004年国別人権報告書 − 日本

米国国務省民主主義・人権・労働局発表

2005年2月28日

 日本は、1947年に制定された憲法に基づく議会制民主主義国家である。主権は国民が有し、天皇は国家の象徴と定義されている。総理大臣および国務大臣によって構成される内閣が行政権を行使し、2院制の国会に対し責任を負っている。秘密投票による普通選挙で選出される国会が、国会議員の中から総理大臣を指名する。直近の国政選挙は7月に行われた。自由民主党と公明党が、小泉純一郎総理大臣の率いる現在の連立政権を形成している。司法府は、基本的に独立している。

 自衛隊は対外的な安全保障の責任を負っており、また国内治安維持にも限定的な責任を有している。効率的に組織され、よく訓練された警察は、文民当局によって効果的に統制されている。しかし、警察による人権侵害に関する、信頼性のある報告が、依然として後を絶たない。

 長期にわたる不況にもかかわらず、工業化された自由市場経済により、およそ1億2758万人の国民は、高い生活水準および雇用水準を維持した。

 日本政府は、概して国民の人権を尊重したが、一部に問題が見られた。警察および刑務所職員が受刑者や拘留者を身体的・心理的に虐待しているとの信頼性のある報告が引き続きあった。女性や子どもに対する暴力、児童売春、および女性の人身売買の問題もあった。女性、アイヌ(日本の先住民)、部落民(歴史的に社会的地位のないグループとして扱われてきた人々)および外国人居住者は、程度の差こそあれ、さまざまな差別を受けており、その一部は深刻かつ長期にわたる。

 法務省の統計によると、2003年に各地の法務局および人権擁護ボランティアが受理した人権関連の苦情は35万9971件に上り、人権侵害の疑いのある事例は1万8786件報告された。しかし、人手不足や不十分な法的権限により、こうした行政機関による人権擁護制度の力は弱く、これらの事例の多くは、最終的には法廷で解決された。

基本的人権の尊重

第1部 個人の人格の尊重(以下の状況からの自由)

a. 恣意(しい)的または違法な人命はく奪

 2004年においては、政府またはその職員による恣意的または違法な人命はく奪は報告されなかった。

 2002年に、名古屋刑務所で、看守が、懲罰として、ある受刑者に対し革手錠および腰ベルトを装着し強く締め上げたところ、その受刑者が死亡した(第1部c項参照)。2001年には、名古屋刑務所の2人の看守が、1人の「反抗的」受刑者に対しホースで高水圧の放水を行ったとされ、その結果、受刑者は翌日死亡した。4月に、看守の1人に執行猶予付きの2年の懲役刑が言い渡されたが、もう1人の看守に対する判決は、まだ下されていない。2003年3月の公判の結果、刑務所長は、部下による暴行再発への防止措置を取るよう警告された。

 2003年11月に、死亡した受刑者の遺族と3人の元受刑者が、2001年から2002年までの名古屋刑務所における暴行について、日本政府に対する訴訟を起こした。年末現在、名古屋刑務所看守に対する民事訴訟数件が係争中である。

b. 失跡

 政治的動機に基づく失跡の報告はなかった。

c. 拷問およびその他の残酷、非人道的、または屈辱を与えるような処遇または処罰 

 日本国憲法はこのような行為を禁止しており、刑法も犯罪捜査中の容疑者に対する暴力および残酷行為を禁止している。しかし、いくつかの弁護士会、人権団体および何人かの受刑者の報告によると、警官や刑務官が拘留中の容疑者に自白させたり、受刑者に懲罰を加えたりするために、殴る蹴るを含む肉体的暴行や心理的脅迫が、時として使われているという。警察法では、警察に対する苦情申し立てを国家公安委員会および各都道府県公安委員会に行うことができると定めており、公安委員会は、警察に捜査を行うよう命令することができる。しかしながら、この制度に対する国民の信頼は低く、警察の不品行に対する捜査について、警察および公安委員会は手ぬるいとする主張が続いている。

 容疑者が自らを罪に陥れるような自白を強要されたり、被告人に対する証拠が本人の自白のみである場合に有罪判決を受けたり処罰されたりしないように、容疑者・被告人を保護する条項が、憲法と刑法には存在する。近年では、有罪判決の一部が、強要された自白の結果であるとして、上訴裁判所で覆された例もある。また、取り調べ中や拘留中に虐待が行われたとして、警察・検察当局者に対し、民事・刑事訴訟が行われた例もある。

 裁判所に送致された刑事事件の約90%が、証拠に自白を含み、日本の司法制度が罪の自白を重要視していることを反映している。自白は、更生の第1歩と見なされた。日本政府は、高い自白率は、高い有罪率と同様に、日本の司法制度において起訴に必要な証拠に対する基準が厳しいことを反映するものである、と主張している。

 2004年に、革製拘束用腰ベルトの使用は廃止された。代替の拘束具として、腰ベルトのついていない、より柔軟な革製手錠が導入された。

 刑務所の状況は国際基準に合致したものであったが、一部の施設では、定員超過、暖房設備の欠如、医療スタッフの不足が見られた。

 受刑者が、追加食料を購入したり受け取ったりすることはできない。死亡記録は10年間保存されるが、その多くは、死亡原因の詳細な説明が不十分なものである。2003年に公にされた刑務所内の死亡および暴行が、現在行われている刑務所制度の見直しを喚起した。(第1部a項参照

 刑務所の占有率は、平均で定員の117%であった。一部の刑務所では、独居房に2人の受刑者を収容したり、6人用の雑居房に8〜9人を収容したりする例が見られた。

 法務省は、2001年に刑務所への暖房設備設置を要請したが、大部分の刑務所では、いまだに冷暖房設備がない。受刑者は、寒い気候から身を守るために必要な衣類や毛布を与えられておらず、受刑者の凍傷の事例が、特に新潟県を中心に、引き続き発生している。

 府中刑務所および横浜刑務所の職員によると、医療は不十分であり、法務省矯正局も、刑務所の医療が十分でないことを同様に認めている。医療スタッフの増員、夜間・週末の医療状況の改善、地元医療機関との協力関係強化等の諸問題について、政府の矯正施設医療問題対策プロジェクト・チームが、引き続き関係諸団体との協議を行った。5月には、法務大臣が、刑務所内医療施設改善のための小委員会を設置した。

 日本弁護士連合会(日弁連)によると、当局は受刑者が授受する書簡を読むことができ、内容が「不適切」と見なされた場合には、その書簡を検閲または没収できる。既決囚への訪問はすべて監視されるが、未決囚は、監視されずに、弁護士と面会することができる。

 法務省には、死刑執行に際し、死刑囚の家族に事前通知の義務はない。人権団体の報告によると、弁護士にも死刑執行の事前通知はなく、また、死刑囚は、看守以外の人間との接触がほとんどない状態で、何年にもわたり独居房に収監された。医療上あるいは人道上の理由を含むいかなる理由においても、刑期の3分の2が終了しない限り、仮釈放は認められない。

 日弁連と人権団体は、厳しい懲戒と多数の規則順守に重きを置く現行の刑務所制度を批判してきた。刑務所規則はいまだに部外秘である。監獄法施行規則は、独居房留置期間を最長6カ月と規定している。しかし、引き続き刑務官が選別的な懲戒執行の幅広い裁量権を有しており、その懲戒の中には、1日以上60日以内の「準独房監禁」も含まれている。受刑者は、時には、独房で何時間にもわたり身動きせず正座することを強制された。ただし、外国人および障害者は、刑務官の裁量で、固い背なしいすに座ることを許された。

 12月には、犯罪被害者等基本法および1908年に成立した監獄法の改正案が、参議院で可決された。犯罪被害者等基本法は、犯罪被害者への補償やカウンセリング実施、被害者の権利擁護、被害者への犯罪捜査情報の提供を規定している。凶悪犯罪に対する刑罰強化を目的とした刑法改正により、集団強姦に対する新たな刑罰が創設され、生命を脅かす犯罪に対する最大刑期の延長および最高刑の強化が実施されるとともに、死刑相当犯罪の時効が15年から25年に延長された。

 2003年2月、日本政府は、受刑者移送条約を批准した。これにより、外国人受刑者は、母国での服役を請願できることになった。日本政府は、請願受理要件として、少なくとも刑期の3分の1に当たる期間は日本において服役することを追加した。2003年2月以降、27人の米国人受刑者が移送申請を行ったが、米国に戻った者は1名に過ぎず、9名は請願中に刑期満了を迎えたか、請願を取り下げた。

 女性および未成年の受刑者は、成人男子受刑者とは別の刑務所に収容されたが、男性看守が、時として女性受刑者の監視に当たっている。2004年には、男性の刑務官が、女性未決囚と性行為を行ったとして、「特別公務員暴行陵虐罪」に問われた。一部の女性用拘留施設は、定員を超過していた。未決囚と既決囚は、別々に収容されている。

 日本政府は、刑務所等の拘留施設への人権団体によるアクセスを制限しているが、刑務所訪問は許可された。しかし、アムネスティ・インターナショナルによると、暴力行為に関連した刑事事件等の裁判が進行中であるとして、人権団体による名古屋刑務所への訪問は許可されなかった。

d. 恣意的逮捕または拘留

 憲法は、恣意的逮捕や拘留を禁止しており、政府も基本的にはこの禁止を順守している。法律上、拘留の合法性の認定は裁判所により行われる。誰しも容疑なしには拘留されず、検察当局は被告人拘留の相当な根拠の存在を論証する用意がなければならない。現行法では、容疑者を72時間まで通常の拘置所または「代用」(警察)拘留施設に留置することが可能である。拘留前に、裁判官が被疑者を面接しなければならない。検察官の請求により、裁判官は起訴前の拘置期間を10日間(必要があればさらに10日間)延長でき、この延長は日常的に申請され、許可されている。極めて特殊な状況の場合、検察官はさらに5日間の延長要請を行うことが可能であり、起訴前の拘留期間は最長28日間となり得る。

 国家公安委員会は警察庁を監督する。警察庁には、長官官房、生活安全局、刑事局、交通局、警備局、情報通信局の6局があり、東北、関東、中部、近畿、中国、四国、九州の管区警察局がある。東京都警察情報通信部と北海道警察情報通信部は、各管区警察局下の府県情報通信部に比べて、より大きな自立的権限を有している。これに加えて、各都道府県に都道府県警察本部(東京都の場合は警視庁)、ならびに公安委員会があり、その予算の大部分は各都道府県が負担している。2003年時点で、1万4111の交番が国内各地に設置されていた。警察内部の汚職や刑事罰の免責は、国家レベルでも都道府県レベルでも問題とはなっていない。

 刑事訴訟法により、警察と検察は、捜査に必要と認められる場合には、弁護士による接見を管理・制限する権限を有する。起訴の前後を問わず、取り調べ中の弁護士同席は認められない。国選弁護人は、起訴後まで認められず、各地域の弁護士会が限定的な無料弁護を逮捕者に供与しているものの、被疑者は、起訴前の弁護士雇用は自費で行わなければならない。弁護士接見は、時間と回数の両面で制限されているとの批判がある。しかし、政府は、このような批判を事実に反するものとして否定している。隔離拘禁は23日間まで可能である。

 被疑者が、取り調べを行う当局者によって拘留されることは、暴行や自白強要の可能性を高めるという批判がある。日本政府は、警察の拘留施設に送致される人々の事件は、事実認定が争点とはなっていないものが多い、と反論している。法務省令により、被拘留者が保持できる進行中の裁判関連書類の量を、当局者が制限することが可能となっている。

 2003年に裁判迅速化法が施行された。2003年における裁判期間の平均は、刑事訴訟で3.2カ月、民事訴訟で8.2カ月であった。被疑者が裁判を受け始めるまでの期間は、犯罪の性質にもよるが、逮捕された日から3カ月を超えることは滅多になく、平均で1〜2カ月であった。

e. 公正な公開裁判の拒否

 日本国憲法は、独立した司法制度を規定しており、日本政府は実際面で、概してこの規定を順守した。裁判官は内閣によって任命され、その任期は10年で、65歳に達するまでは再任が可能である。最高裁判所の裁判官は、70歳まで在任できるが、住民投票により定期的に国民の審査を受ける。

 裁判所には、高等裁判所、地方裁判所、家庭裁判所、簡易裁判所などいくつかのレベルがあり、最高裁判所が最終的な上訴裁判所である。通常、裁判は地方裁判所で開始され、その判決を上級裁判所に控訴、そして最終的には最高裁判所に上告することができる。政府は概して、あらゆる刑事訴訟において公正な法廷による迅速な公開裁判の権利を提供するという憲法の規定を順守した。刑事裁判の大半は、妥当な期間内に完了したが、時には審理と控訴の過程に数年を要する場合もあった。

 2003年7月に国会は、証人尋問の行われる民事訴訟および刑事訴訟の完結に要する平均期間を短縮することを目的とする法律を可決した。この法律では、裁判所および法務省のスタッフの大幅な増員、司法試験の改正、2010年までに法律専門家の総数を3倍に増やすための新たな法科大学院の設置、そして早期の証拠収集・開示の許可により裁判所と訴訟当事者らが協力して裁判の準備を改善できるようにすること、などが規定されている。司法改革の諮問委員会は、法科大学院設置の公的な基準を発表し、3月には68大学(公立22校、私立46校)が法律大学院を新設した。

 また、2003年7月の新法は、最高裁に下級裁判所の審理を迅速化する責任を与え、裁判所が刑事および民事訴訟を結審させる期間を2年間に制限し、また日本政府がこれらの目標達成に必要な法的・財政的措置を取ることを義務付けている。

 被告は、逮捕時に容疑を知らされ、また独立した民間の裁判所での公開裁判を保証され、弁護人および反対尋問の権利を与えられた。陪審裁判は行われなかった。しかし、5月に可決された司法改革法案により、重大な刑事事件の場合は、任意に選出された6人の陪審団(裁判員)、および裁判官のパネルによる審理が可能となる。この法律は、2009年に発効する予定である。

 被告は、無罪と推定される。憲法により、被告は、自己に不利益な供述を強要されない権利、また弁護人への自由かつ非公開のアクセスを得る権利を規定されている。しかしながら、政府は、弁護人との協議の権利は絶対的なものではなく、憲法の精神に合致する範囲内で制限することができる、と主張している。弁護人へのアクセスが実際には短縮されることもあった。例えば、法律により、検察官は起訴前の弁護人へのアクセスを管理することができ、また自白の強要が疑われる例もあった(第1部d項参照)。被告は、法律の遡及(そきゅう)適用から保護されており、正式な起訴の後には有罪を示す証拠へのアクセスの権利を有する。しかしながら、検察官による全面的な開示が法律で義務付けられておらず、検察が法廷で使用しない資料は隠すことができる。被告の法定代理人が、必要な警察の記録にある関連資料のすべてを入手できない場合がある、との批判もある。第1審の判決に不服のある被告は、上級裁判所へ控訴することができる。

 裁判官、弁護士、および日本語を話さない被告の間の意思疎通の質に関して、一定の水準を義務付けるガイドラインは存在せず、法廷通訳者を認証する標準的な免許あるいは資格取得の制度もない。容疑者が、何が起こっているのか、また何が言われているのかを理解できない状況にあっても、審理が行われる可能性がある。外国人拘留者が、警察によって、十分な翻訳もなく読むことのできない供述書に署名することを強要された、と申し立てる例が多く見られた。

 政治犯が存在するとの報告はなかった。

f. プライバシー、家族、家庭、または通信への恣意的な干渉

 日本国憲法は上記のような行動を禁止しており、政府は概してこれを順守した。

 2003年4月に、公安調査庁は、テロ集団「アレフ」(旧オウム真理教)の監視を延長した。これは、日本政府が、同集団は依然として社会に危険を及ぼす、と宣言したためである。

 2002年には、防衛庁が、公文書の公開を請求した市民のリストを作成し、個人情報を保護する法律に違反したことを認めた。2003年5月には、そのような行為を防止するための個人情報保護法案が国会で可決された。

第2部 市民の自由の尊重

a. 言論と報道の自由

 日本国憲法では言論の自由と報道の自由が認められており、概して日本政府は実際にこうした権利を尊重した。独立した報道機関、効果的な司法制度、および機能する民主的政治制度が相まって、言論と報道の自由が確保された。

 2003年7月、国会は、インターネットで児童に対して性交等の相手として勧誘することを禁止する法案を可決した(第5部参照)。日本インターネットプロバイダー協会とテレコムサービス協会は、児童禁止サイトの定義について、またインターネット・サイトの不法使用防止のためにプロバイダーが取らなければならない措置について、懸念を表明した。

 学問の自由が制限されることはなかった。文部科学省が国の学習指導要領に基づいて小中高等学校の教科書の修正を命ずる権限が、国内外で論議を呼んでいる。

b. 平和的な集会および結社の自由

 憲法は集会と結社の自由を規定しており、概して政府はこれらの権利を尊重した。

c. 信教の自由

 憲法は信教の自由を規定しており、概して政府はこの権利を尊重した。

 統一教会の信者が、同教会の信者に対する強制棄教の疑惑に警察が対応しなかった、と主張した。2004年には強制棄教の事件数は減少したが、統一教会のスポークスマンによると、検察官が証拠不十分により不起訴とした例が2件あるという。女性信者の1人が家族に連れ去られたと伝えられているが、統一教会はこれを警察には報告しなかった。当局が強制棄教は家庭内の問題であると判断しがちであることが、引き続き懸念された。この年には、それまでと異なり、エホバの証人の信者は、政府が彼らの信教の自由を尊重した、と報告した。

 詳しくは、「信仰の自由に関する2004年国際報告書」を参照。

d. 国内の移動、国外旅行、移民、および本国帰還の自由

 憲法は、上記の各権利を規定しており、概して政府はこれらを尊重した。

 市民は、自由意志に基づいて、国内および国外を自由に旅行する権利、居住地を変更する権利、移民する権利、そして本国へ帰還する権利を有する。外国に帰化した場合、または出生時に2重国籍を有する者が、定められた年齢に達したときにいずれかの市民権を選択しなかった場合には、日本の市民権が喪失することがある。

 国外追放は法律で許可されておらず、実行されることもなかった。

 法律により、国連の1951年難民の地位に関する条約またはその1967年の議定書に従って、個人に難民の地位または亡命者としての保護を与えることが規定されている。実際には、日本政府は、ルフールマン(個人を迫害される危険性のある国に強制送還すること)からの保護を提供したが、難民または亡命者の認定を日常的に行うことはなかった。政府は、国連難民高等弁務官事務所およびその他の人道組織と協力して難民を支援した。

 5月に国会は、難民認定を求める外国人に適用されていた60日間の申請期限を廃止する法案を可決した。旧難民認定法では、難民認定を求める者は、日本へ入国してから60日間以内、または母国で迫害される可能性が高いことを知ってから60日間以内に難民認定申請をしなければならなかった。難民認定を受けた外国人は、教育施設を利用し、公的救済・支援および社会福祉給付を受けることができる。

 日本政府の記録によると、2003年に入国管理局センターに52万3617人が拘留された。マスコミの報道によると、数件の強制送還が秘密裏に行われた。7月には、クルド人の2家族が、国外退去命令を受けたことに対して、東京の国連大学前で72日間にわたって抗議活動を行った。

 近年、日本政府が、迫害の恐れを訴える外国人に対して難民および亡命者の認定をした例は少ない。ある非政府機関(NGO)が国連人権促進保護小委員会で述べたところによると、1982年から2002年12月までに301人が難民認定を受けた。日本政府は、日本に亡命を求める者の大半は経済的な理由によるものと見なした。2003年には、日本におよそ7900人の難民または亡命希望者がいたが、そのうち推定7700人がベトナム人およびカンボジア人の難民であった。2003年に提出された難民認定申請336件のうち、日本政府は、ビルマ、ブルンジ、およびイランからの計10人に亡命を認め、また16人に対して人道的見地から長期居住許可を発行した。以前に再定住させたインドシナ難民の近親者に対して行われている家族再会プログラムの一環として、政府は2003年にベトナムとカンボジアから147人の難民を受け入れた。

 5月には、亡命を求める者に仮滞在許可を発行する権限を法務大臣に与える法案が可決された。この法律は、亡命を求める者が、難民認定の申請中に日本で法的な地位を得る手段を提供するものであるが、現実には、この許可を得ることはかなり難しかった。

 2003年1月から、入国管理局は、亡命希望者の難民認定を拒否する場合に、その判断を詳しく説明する文書を提供し始め、成田空港に亡命希望者のための案内所を開設した。

第3部 政治的権利の尊重−国民が政府を変える権利

 日本国憲法は、国民が平和的に政府を変える権利を規定しており、日本国民は、普通選挙権に基づいて定期的に行われる自由かつ公正な選挙を通じて、この権利を行使した。

 日本は、議会制民主主義国家であり、2院制の国会の衆議院で過半数を占めるひとつまたは複数の政党によって統治される。現在は、自民党と公明党が連立政権を形成している。1990年代の短期間を除き、1955年以降はどの政権においても自民党が第1党であった。2003年11月に総選挙が行われ、参議院選挙は7月に行われた。

 警察庁の1〜6月のデータによると、贈収賄、談合、および政治資金規制法違反などの政治腐敗による逮捕が43件あったが、これは前年同期比で14件の増加となった。

 近年、公職に就く女性の数が徐々に増えている。7月現在、衆議院では480議席中34議席、参議院では242議席中33議席を女性議員が占めていた。9月時点で、閣僚のうち2人が女性であった。また4月現在、全国47人の知事のうち4人が女性知事であった。

 マイノリティーの政治参加に関する全国的なデータはなかった。

第4部 人権侵害の疑いに対する国際および非政府機関の調査に対する政府の姿勢

 国内外の多くの人権団体が、概して政府による制約を受けずに活動し、人権訴訟について調査をし、調査結果を発表した。政府関係者は、全般的に協力的であり、こうした団体の見解に対応したが、政府は人権団体による拘留施設へのアクセスを制限した(第1部c項を参照)。

第5部 人種、性別、障害、言語、または社会的地位に基づく差別

 憲法は、人種、信条、性別、社会的身分、または門地に基づく差別を禁止しており、政府は概してこれらの規定を順守した。

女性

 女性に対する暴力、特に家庭内暴力は、報告されないことが多かった。これは、家族の恥となることや、配偶者や子どもの評判を傷つけることを恐れる、社会的、文化的な懸念による。その結果として、女性に対する暴力に関する警察庁のデータは、おそらくこの問題の規模の大きさを十分に表していないと思われる。警察庁によると、2003年には家庭内暴力の疑いのある事件が1万2568件あり、1499件の接近禁止命令が発行された。裁判所命令に対する違反のあった41件について、警察が措置を取った。4月から9月までの間に、県の相談所120カ所に、家庭内暴力に関する相談が計2万4818件あった。2002年度以降の相談件数計10万3986件のうち99.6%が女性によるものであった。

 法律により、地方裁判所は、家庭内暴力の加害者に6カ月間の接近禁止命令を出すことができ、違反者には懲役1年の刑または最高9520ドル(100万円)の罰金を科すことができる。1月から9月までの最高裁のデータによると、虐待をする配偶者に対する接近禁止命令の申請が1579件あり、1256件の禁止命令が発行された。禁止命令は、加害者が被害者に接近することを禁止するもの、または加害者が家を出ることを命じるもの、またはその両方であった。この法律は、内縁関係にある者や離婚している者にも適用される。またこの法律は、各県が家庭内暴力の被害者用の避難施設を拡張することを奨励し、すでにそうした施設を運営している40の民間機関に地方自治体が財政援助を行うことを要求している。

 配偶者からの暴力防止・被害者保護法の改正案が5月に可決された。これにより、配偶者暴力の定義が拡大され、精神的、性的、および身体的虐待を対象とするようになり、また接近禁止命令の期間が2週間から2カ月間へ延長された。

 警察庁のデータによると、2003年には2472件の強姦事件があった。夫が、配偶者強姦で訴追された例もいくつかあったが、通常こうしたケースには、強姦をほう助した第3者が関与していた。2003年に注目を集めた早稲田大学の学生らによる集団強姦事件を受けて、参議院は12月に、集団強姦罪に最低4年の懲役刑を科すことを可能にする法案を可決した。11月に、早稲田の元学生が、同大のサークル「スーパーフリー」が開催したパーティーで女性2人を強姦した罪で、また2001年12月にもう1人の女性を強姦した罪で、14年の懲役刑に処せられた。この被告以外の13人の被告も、全員が最高10年の懲役刑を言い渡された。多くの地方自治体では、虐待を受けた女性に対する内密の援助の必要性に対応し、警察や県庁内に女性のための特別相談所を設置した。

 地方自治体や私鉄経営会社は引き続き、通勤電車での女性に対する痴漢行為というよくある問題に対処する諸措置を取った。いくつかの鉄道会社は、さまざまな電車に女性専用車両を導入している。また、東京都議会は、痴漢防止条例を改正し、痴漢の初犯に懲役刑を適用できるようにした。

 女性の人身売買の問題が継続している(第5部の「人身売買」を参照)。売春は違法であるが、行われている。

 憲法および男女雇用機会均等法により性別による差別は禁止されている。しかしながら、職場におけるセクハラ(性的嫌がらせ)が引き続き広く行われている。人事院が、公務員の職場におけるセクハラをなくすために職場のセクハラ防止規則を制定した。1999年に雇用機会均等法が改正され、セクハラ防止を怠った企業を明らかにする措置が導入されたが、違反した企業の名前の公表を認める以外には、順守を強化するための懲罰的措置は含まれていない。多くの政府機関が、差別やセクハラに関する苦情に対処するために、オンブズマンを指名したり、ホットラインを設置したりしている。

 女性が労働力の40.5%を占め、15〜64歳の女性の労働力参加率は48.5%であった。労働基準法および雇用機会均等法によって賃金差別が禁止されているにもかかわらず、2003年には女性の平均時給は男性の平均時給のわずか67.8%であった。2003年には男女間の給与差も大きく、内閣府の統計によると、女性従業員の64%が年収2万8571ドル(300万円)以下であったのに対し、男性従業員の場合はこの比率が18%であった。この格差の主な原因は、大手企業の多くが採用している「二重」の人事管理制度による。これは、新入社員を、総合職(管理職となる可能性を持つと見なされる社員)と一般職(基礎的な事務に従事する社員)の2つのコースに分ける制度である。

 女性および障害者の支援団体は、引き続き、1949年から1992年までの間に行われた強制避妊手術に対する政府の調査と、政府による正式な謝罪と補償を要求している。

 この年、第2次大戦中に「慰安婦(売春婦)」となることを強要された女性によるいくつかの訴訟の判決が下された。2月に東京高等裁判所は、台湾人の元「慰安婦」7人による控訴を退け、11月には最高裁が、韓国人の従軍「慰安婦」35人による1991年の損害賠償訴訟の上告を棄却した。12月には、東京高裁が中国人の元「慰安婦」4人の控訴を棄却し、最高裁は1993年にフィリピン人の従軍「慰安婦」46人の上告を棄却した。

子ども

 日本政府は、子どもの権利と福利を確約しており、概して子どもの権利は十分に保護された。少年も少女も、医療およびその他の公共サービスを平等に利用することができる。前期中等教育まで(15歳または中学3年生まで)は義務教育であり、授業料は無料である。最低限の学力基準に達している生徒に対しては、後期中等教育(18歳まで)の門戸が広く開かれていた。日本の社会は、教育を極めて重要視しており、任意の後期中等教育の就学率は、男女共に96%を超えた。

 家庭における児童虐待の頻発に関する報道に国民の注目が集まりつつある。法律により、児童福祉関係者は、虐待をする親が子どもと会ったり連絡をとったりすることを禁止する権限を与えられている。また法律により、しつけの名目で虐待をすることが禁じられているほか、教師、医師、および福祉関係者は、疑わしい状況があれば、全国182カ所の児童相談所のひとつ、または地方自治体の福祉センターに報告することが義務付けられている。2003年5月に厚生労働省は、2000年に児童虐待防止法が制定されてから、108人の子どもたちが児童虐待によって死亡していると報告した。内閣府によると、2003年の児童虐待件数は2002年に比べ2%近く増加し、2万3738件という記録的水準に達した。そのうちほぼ50%が暴力による虐待であり、40%が親による放置であった。児童福祉センターへの電話件数も、2003年には2万6573件の新記録となり、前年に比べ2800件増加した。記録的な水準の児童虐待に対処するために、政府は地方自治体に補助金の提供を申し出たが、これを受け入れた自治体はわずか13%であった。補助金を辞退した地方自治体のほとんどは、経費の自己負担分を払うことができないと述べた。

 校内暴力や深刻な「いじめ」が、引き続き社会および政府の懸念事項となった。文部科学省によると、2003学年度には、公立小学校の児童による暴力的行為の件数が、前学年度に比べ27%増加し、1777件の記録的水準となった。これには、校内および校外での暴力行為が含まれる。2003学年度に、公立の小中高校で発生した暴力行為の総件数は、3万5392件に達した。全体で、いじめの件数は、5.2%増加した。

 公立学校の生徒による暴力のうち50%が、生徒同士の暴力であった。6月には、6年生の女子が同級生を殺害し、また中学生が5歳の男児をマンションの4階から突き落とす事件があった。法務省の子どもの権利に関する苦情処理局が、いじめの被害者となった18歳以下の子どもたちのためにカウンセリングを提供した。5月には高等裁判所が、2002年の地方裁判所の判決を覆し、1993年にいじめで殺害された13歳の少年の両親に、7人が計54万8600ドル(5760万円)を支払うよう命じた。

 十代の売春、援助交際、および児童ポルノが引き続き問題となった。内閣府の白書によると、年間を通じて、出会い系サイトに関連する性犯罪が722件あった。インターネット機能のある携帯電話で容易にウェブサイトにアクセスできるため、未成年者との出会いをしやすくなった。2003年7月に、国会は、児童ポルノや売春のためにインターネットを使うことを犯罪とする法律を可決した(第2部a項を参照)。

 14歳未満の子どもは、刑事責任を負わされることがない。少年法に基づき、未成年の容疑者は家庭裁判所で裁かれ、上訴裁判所へ控訴する権利がある。家庭裁判所における審理は一般公開されないが、この方針に対して、少年犯罪の被害者の家族から批判が出ている。過去数年間、少年犯罪は、殺人、強盗、放火、強姦などへと重大化する傾向が見られる。

 東京都は、不法移民である母親が強制送還を恐れて出生届を出さなかった、無国籍の子どもたちの福祉を保護する制度を継続した。

人身売買

 日本国憲法は、人を奴隷的拘束の対象とすることを禁止しており、日本政府は、各種の労働法・入国管理法を適用して、限られた範囲で人身売買関連の訴追を行った。しかしながら、人身売買を禁止する個別の法律はない。政府は4月に、人身売買防止のための省庁間横断の委員会の議長を務める上級調整担当官の職を設置した。また12月には、人身売買と戦うための行動計画を発表した。この行動計画は、防止、訴追、および人身売買被害者の保護に重点を置くもので、「興行ビザ」の再検討、移民管理の強化、人身売買を犯罪とするための刑法改正、およびシェルター、カウンセリング、本国送還の援助を通じた被害者保護の強化を求めている。

 日本国内への女性や少女の人身売買が問題となった。主としてタイ、フィリピン、および東欧諸国の女性や少女が、性的搾取および強制労働を目的に、日本国内へ売買された。これより人数は少ないが、コロンビア、ブラジル、メキシコ、韓国、マレーシア、ビルマ、およびインドネシアの女性や少女も、日本へ人身売買された。日本は、中国からの不法移民の目的地でもあり、犯罪組織によって人身売買された中国人が、性的搾取あるいは搾取工場やレストランでの契約労働のために、債務によって束縛された。政府の報告によると、一部の人身売買業者は、協力を強制するために、殺人や誘拐という手段を使った。

 売買された女性が、その「契約」の売却によって他の雇用者のために働くことを強制されるという形で、日本国内での人身売買が行われたことを示す証拠もあった。児童売春も問題となった(第5部の「子ども」を参照)。

 マスコミの報道によると、5月に、ホストクラブの経営者と風俗店の経営者が、日本人の未成年の少女2人を、クラブでの借金返済のため売春婦として働かせたとして、日本で初めて人身売買の罪で逮捕された。

 日本へ人身売買された女性の人数に関して、信頼できるデータは入手不可能であったが、人権団体によると、年間最高20万人に及ぶ女性が、主に東南アジアから日本へ密入国させられ、セックス産業で働かされている。2003年に警察庁は、人身売買に関連する罪で41人を逮捕した。このうち8人が人身売買業者であった。これらの逮捕者のうち36人が有罪判決を受け、その結果、14人が懲役刑、17人が罰金刑、5人が罰金と懲役刑を科された。2003年2月、17の道府県警と警視庁がストリップクラブ24カ所を一斉摘発し、人身売買の被害者68人を救出した。また、警察庁は、16件の多国間捜査に参加した。この年、人身売買の主な送出国から日本に入国する旅行者の審査を強化し、人身売買業者が被害者を日本へ入国させるために使うことの多い興行ビザの発給基準を厳しくするための取り組みも行われた。

 日本政府は、日本国内で不法就労をする契約を自発的に結んだ者は、その就労環境にかかわらず、人身売買の被害者とは見なさない。従って、政府のデータは、問題の規模を過小評価している可能性がある。ある仕事に就くことに合意した者が別の仕事をさせられたり、暴力、詐欺、あるいは強制の対象となったりする例もあったからである。

 人身売買業者は、雇用法違反から入国管理法違反までさまざまな罪によって訴追された。2000年に発表された、政府資金による調査によると、入国管理法違反で逮捕された外国人女性を対象とする調査を行ったところ、3分の2近くが、強制的にセックス産業で働かされていたことを報告した。

 日本へ人身売買された女性(特にフィリピン人女性)は、興行ビザで合法的に入国していた。「エンターテイナー」には、労働基準法が適用されず、最低賃金による保護もない。

 本国のブローカーが女性を募集し、仲介者に「売却」し、仲介者が女性を借金で束縛し、労働を強制した。性的搾取を目的とする人身売買の仲介者、ブローカー、および雇用者は、組織犯罪とつながりのある場合が多かった。

 日本へ人身売買された女性は、通常、性風俗サービスを提供する許可を得た事業で、強制的に売春婦として働かされていた。性風俗産業には、ストリップクラブ、ポルノショップ、ホステスバー、個室ビデオなど「店舗型」の事業と、エスコートサービスや通販ビデオなど、性的サービスを派遣する「非店舗型」の事業がある。NGOおよびその他の信頼性のある情報源によると、性的搾取のために日本へ人身売買された女性の大半は、「スナック」バーのホステスとして雇用され、店舗外で性的サービスを提供することを強要されていた。

 概して、人身売買の被害者は、自己の借金の規模、返済に要する期間、あるいは日本での雇用の条件を把握していなかった。ヒューマン・ライツ・ウォッチによると、「デート」バーで働くために人身売買された女性は、通常、雇用者にパスポートを取り上げられ、本人の「購入」価格の返済を要求された。通常、こうした女性は、2万8570〜4万7620ドル(300万〜500万円)の「債務」と、生活費、医療費(雇用者が提供した場合)、およびその他の必要経費の支払いを要求された上に、不行跡を理由に当初の「債務」に「罰金」が追加された。債務の計算方法は雇用者が決めることができ、その過程は不透明であった。雇用者が債務を利用して、人身売買された女性にさらに無賃金で働くことを強要することが多かった、と報告されている。また雇用者は、問題を起こす女性や、HIVに感染している女性を「再販」したり、再販の脅威を利用したりして、そうした女性の負債額を増やし、労働環境を悪化させることもあった。

 風俗産業のために人身売買される女性の多くは、雇用者によって移動の自由を厳しく制限され、逃亡を試みたならば、本人または家族に、おそらく犯罪組織のメンバーによって報復が行われる、と脅されていた。多くの場合、雇用者はこれらの女性を孤立させ、常に監視下に置き、反抗すれば懲罰として暴力を振るった。一部のブローカーは被害者を服従させるために麻薬を使った、という報告もある。また被害者の女性の多くは、パスポートあるいはその他の身分証明書を持たずに発見されれば、逮捕されることを知っていた。また、日本語を十分に話せる被害者は非常に少なく、そのため逃亡は一層難しかった。

 国内のNGOや弁護士が集めた信頼性のある事例証拠によると、警察に保護を求めた被害者を、警官が雇用者の元に返した例もあった。またNGOは、人身売買被害者から得た証拠を提出されても、警察が容疑者のブローカーを取り調べようとしなかったこともある、と報告している。

 東京都と神奈川県は、人身売買の被害者を支援する地元のNGOに資金を提供したが、それ以外には、政府による被害者支援は、不法移民用の拘留センターまたは売春防止法の下で設置された施設に被害者を収容すること、またはNGO運営のシェルターに紹介することに限られていた。通常、こうした人身売買の被害者は、不法滞在者として強制送還された。2004年に日本政府は、被害者を直ちに強制送還の対象となる犯罪者として扱わないという行政上の決断を下した。これにより、政府は人身売買業者に対する立件ができるようになった。本国への帰国に必要な資金または書類を持たない被害者は、長期にわたって拘留されることがあった。全国各地のいくつかのNGOが、人身売買の被害者に、シェルター、医療援助、および法的援助を提供した。

 この年、政府関係者は、人身売買問題を調査するために、目的地となる国の政府関係者と会合し、東南アジア調査ツアーに参加した。政府は、興行ビザ発給の基準を強化しており、フィリピン人女性に対するそうしたビザの発給数を年間8万から8000に減らす意向である。2003年に、内閣総務官室は女性に対する暴力と人身売買に対する国民の関心を高めるキャンペーンを実施し、警察庁は人身売買に関する訓練ビデオを制作して各警察署に配布し、人身売買に対する警察の意識向上を図った。2003年に日本政府は、貧困を緩和し、人身売買の危険性に対する意識を高め、女性のための代替的な経済機会を促進するために、300万ドル(3億1500万円)の援助金を、ユニセフ、国際労働機関(ILO)、国連開発計画、およびフィリピン政府に提供した。

障害者

 18歳以上の身体障害者は全国で340万人と推定され、精神障害者はおよそ300万人とされている。障害者は、一般に、雇用、教育、またはその他の公共サービスにおいて公然と差別されることはなかったが、公共交通機関、「普通クラス」の公教育、およびその他の施設へのアクセスの制限に直面した。労働省の障害者雇用審議会は、従業員300人以上の民間企業が一定の比率以上の障害者を雇用することを義務付けた。これを順守しない企業は罰金を科せられる。

 法律では、建造物に障害者のためのアクセスを設けることは義務付けられていない。ただし、公共施設の建築基準に関する法律では、病院、劇場、ホテル、および同種の事業の経営者が、障害者用の幅の広い入口やエレベーターを設置する場合には、低金利の融資および税控除を受けることを許可している。

 障害者雇用促進法は、精神障害者にも適用される。また同法では、障害者の雇用を促進する、地域の支援センターの許可要件が緩和されるとともに、精神障害者のパートタイム雇用のための政府補助金が導入された。2003年に、民間企業に雇用されていた障害者の数は、平均して一般従業員全体の1.5%であり、法律で定められている比率である1.8%を多少下回った。大企業(従業員1000人以上)の70%近くがこの目標に達していなかったが、オムロン、ソニー、ホンダなど数社の大企業では、特別に障害者部門を設置していた。例えば、オムロンの京都工場では、スタッフ82人のうち80%が障害者であり、その過半数が重度の障害を持っていた。これらの従業員の平均年収は2万9000ドル(300万円)で、最低賃金を上回っている。

 2002年末の時点で、都道府県のすべて、および都市自治体の91.5%が、障害を持つ住民のための基本的な計画を策定していた。6月には、障害者基本法が改正され、すべての地方自治体が障害者のための正式な計画を策定することが義務付けられた。

国籍・人種・民族に基づくマイノリティー

 部落民、韓国・朝鮮人、および外国人労働者は、その程度はさまざまであるが社会的差別を受け、その一部は深刻かつ長期にわたるものであった。

 およそ300万人いる部落民(封建時代に「社会的に疎外された者」の子孫)は、政府による差別は受けていないが、住居や雇用の機会を制限されるなど、深く根付いた社会的差別の被害者となることが多かった。

 法務省によると、2002年には185万人近くの外国人が合法的に日本に居住していた。その中で最も人数の多かったのは在日韓国・朝鮮人で、およそ62万5400人、これに中国人、ブラジル人、フィリピン人が続いていた。差別に対する法的な予防措置にもかかわらず、韓国・朝鮮人永住者(その大半は日本で生まれ、育ち、教育を受けている)は、さまざまな形で、深く根付いた社会的差別の対象となった。2002年に北朝鮮が、十何人もの日本人を拉致したことを認めてから、北朝鮮を支援する組織や個人に対する嫌がらせや脅迫が増えたことが報告されている。その他の外国人も差別の対象となった。日本国民の間では、外国人が多くの犯罪を起こしているとの認識が広がっていた。政府が5月に発表した調査結果によると、国民の70%以上が、不法就労の外国人の増加は、治安の低下および外国人労働者自身の人権侵害につながる可能性があることを懸念していた。しかし、80%以上は、日本は条件付きまたは無条件で外国人労働者を受け入れるべきであると回答した。

 2月に開設された入国管理局のウェブサイトは、住民が「近所迷惑となる」、「不安を生じさせる」などの理由で、怪しげな外国人の氏名、住所、または職場を通報する手段を提供し、論議を呼んだ。人権団体からの抗議を受けて、このサイトは3月に修正され、あらかじめ設定された通報理由は削除されたが、サイト自体は年末時点で有効であった。

 2001年に北海道警察は、外国生まれの帰化市民に対する殺害の脅迫を調査した。この男性は、人種を理由に入場を断わられたとして入浴施設を訴え、また差別的な入場基準に対する措置をとらなかったとして小樽市を訴えていた。2002年11月、札幌地方裁判所は、入浴施設に対し、原告に対する人種差別を行ったとして2万9000ドル(300万円)の損害賠償支払いを命じた。同地裁は、人種差別撤廃条約 (あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約)では、地方自治体が差別撲滅のための条例を設けることを義務付けてはいないとして、小樽市に対する損害賠償請求は棄却した。9月に、札幌高等裁判所が控訴を棄却した。

 法律により、日本に5年間連続して居住した外国人は、帰化および市民権取得の資格を与えられる。これには選挙権も含まれる。しかしながら、実際には、有資格の外国人の大半は、市民権を申請しない。これは、ひとつには、文化的アイデンティティーの喪失を恐れるためである。帰化を阻む障害としては、審査を行う担当官に広範な自由裁量が認められていること、日本語の能力が極めて重視されることなどがある。また、帰化手続きには厳しい身元調査が必要であり、申請者の経済状態や社会への適応状況なども調査された。韓国・朝鮮人には、日本語の姓を採用する選択肢が与えられた。日本政府は、この帰化手続きは、外国人が社会にスムーズに適応できるようにするために必要なものである、と主張した。外国人永住者は、4〜5年までは、日本の永住権を失わずに外国に居住することができる。

 2003年9月に学校教育法が改正され、非日本語学校21校の卒業生に、自動的に大学受験資格が与えられるようになった。それまでは、外国人学校の生徒は、大学受験資格を得るためには、日本の大学入学資格検定試験に合格しなければならなかった。また、この改正により、大学が独自に入学審査基準を設定できるようになった。2003年には、多くの国公立大学が、学校教育法改正の対象となった21校以外の非日本語学校の卒業生も入学させた。

先住民

 アイヌは、日本の先住民の子孫である。1899年の法律の下で、日本政府は、アイヌに対する同化の強要、日本語教育の強制、そしてアイヌの伝統的な慣習の継続の拒否、という政策を進めた。また、この法律は、アイヌに、当初所有していた土地の約0.15%について管理権を与え、共有財産を管理する権限を日本政府に与えた。

 1997年の判決の後、国会は、アイヌを少数民族と認定し、全都道府県がアイヌの文化と伝統を振興する基礎的なプログラムを策定することを義務付け、アイヌを差別した旧法を無効とし、北海道政府がアイヌの共有財産を返却することを義務付ける法律を可決した。しかしながら、この法律は、アイヌを北海道の先住民族と認めるには至らず、アイヌが明確な民族グループとして特別な権利を与えられるべきかどうかには触れず、アイヌの公民権保護を義務付けていなかった。拘束力を持たない付帯決議では、アイヌは法的な少数民族とされている。国連先住民族作業部会の特別報告官は、アイヌはいかなる国家とも合意に基づく法的な関係を結んだことがないと述べ、そうした合意の欠如がアイヌから権利を奪っていることを指摘した。多くのアイヌは、アイヌ文化振興法はアイヌの政治的権利を促進していないと批判し、また日本政府が文化活動以外に、アイヌの生活水準や経済的地位を向上させる活動に資金を提供していないことを批判した。アイヌの全国組織である日本アイヌ協会は、政府に対して、経済援助および社会福祉給付の拡大を求める陳情活動を行った。アイヌ語の新聞やラジオ番組、アイヌ文化を研究する講座などが増えてはいるが、アイヌは引き続き社会的な差別を受けた。

第6部 労働者の権利

a. 結社の自由

 憲法は、労働者の組合における自由な結社の権利を規定している。2003年には、全国の従業員の19.6%に相当する、およそ1050万人の労働者が、労働組合に所属していた。労働組合は、政府の統制や影響を受けなかった。1989年に、いくつかの労働組合連盟が合併して設立された日本労働組合総連合会は、680万人の労働者を代表する、最大の労働者組織であった。

 自衛隊、警察、消防の隊員など、一部の公務員は、組合を組織したりストライキを行ったりすることを禁じられている。こうした制限は、団結権と団体交渉権に関するILO条約98号の順守を巡る、ILO条約勧告適用専門家委員会との長年にわたる論争につながっている。同委員会は、これらの公務員は賃金決定の過程に参加する能力を制限されているとし、日本政府に、公務員との交渉を奨励するような措置を検討するよう要請した。日本政府は、独立機関である人事院の勧告に基づいて、政府職員の給与を決定する。

b. 団結権と団体交渉権

 憲法により、団結権、団体交渉権、および団体行動の権利が規定されている。これらの権利は自由に行使され、団体交渉は広く実行された。憲法は、ストライキをする権利も規定しており、労働者は、実際にこの権利を行使した。

 日本には、輸出加工区はない。

c.強制労働の禁止

 憲法により、何人もいかなる奴隷的拘束も受けないことが規定されている。意に反する苦役は、犯罪に対する処罰の場合を除いては、禁止されている。この規定は、具体的に子どもに言及してはいないが、強制労働に対する法的な禁止は、大人にも子どもにも同等に適用される。現実には、人身売買の被害者を除き、奴隷的拘束または意に反する隷属を課せられた個人の報告はなかった。

 旧連合軍の戦争捕虜および中国人・韓国人労働者が、引き続き日本の民事裁判所における訴訟およびILOへの申し立てにおいて、第2次世界大戦中の強制労働に対する損害賠償および補償金を請求している。2004年に、米国最高裁判所は、第2次対戦中に日本の民間企業によって強制労働をさせられたとする元戦争捕虜その他の原告による上訴を退けた。7月には、高等裁判所が、2002年の地方裁判所における中国人原告敗訴の判決を覆し、西松建設に26万1900ドル(2750万円)の損害賠償を第2次大戦中の強制労働者に支払うことを命じた。2003年1月には、米国連邦控訴裁判所が、第2次大戦中に日本の民間企業によって強制労働をさせられたとする元戦争捕虜および民間人による多数の訴訟を棄却した。

d. 児童就労の禁止と雇用の最低年齢制限

 憲法は、子どもに対する搾取を禁止している。社会的な価値観と、労働基準法の厳しい執行により、子どもたちは職場における搾取から保護されている。法律により、15歳未満の子どもを雇用することはできず、18歳未満の子どもを危険なあるいは有害な仕事のために雇用することはできない。

e. 許容される労働条件

 最低賃金は、地域(都道府県)および産業別に、労働者、雇用者、および一般市民の3者から成る審議会に諮問した上で、設定される。最低賃金の適用される雇用者は、その最低賃金を表示しなければならない。最低賃金は広く順守されたと見なされている。都道府県により、最低賃金は、時給5.77ドル(606円)〜6.76ドル(710円)であった。この最低賃金は、労働者とその家族がある程度の生活水準を維持するのに十分であると見なされた。

 労働基準法により、ほとんどの産業で労働時間は週40時間と規定されており、週40時間、または1日8時間を超えて働いた場合には、割増賃金を支払うことが義務付けられている。しかしながら、労働組合は、政府が中小企業における労働時間制限の執行を怠っている、と批判することが多かった。

 活動家団体は、日本語や日本における法的権利をほとんど、または全く知らないことが多い外国人を、雇用者が搾取または差別している、と主張した。法務省入国管理局の推定によると、1月現在、日本国内に不法滞在していた外国人は20万人を超え、その出身国は主として韓国、フィリピン、中国、タイ、およびマレーシアであり、その大半が肉体労働に従事していた。

 日本政府は、そうした労働者の雇用者を起訴することによって、不法外国人労働者の流入を制限しようとした。警察庁のデータによると、2002年上半期には、175人が「不法就労助長」罪で検挙された。入国管理法では、外国人の不法就労者を雇用する者に対する罰則が規定されている。12月に、不法雇用援助の罰金の最高額が2万9000ドル(300万円)に引き上げられた。また、不法就労の疑われる外国人は、パスポート、ビザ、または入国申請の不備を理由に、入国を拒否される可能性がある。日本政府は、外国人労働者の問題の調査を継続した。また、いくつかの市民団体が、外国人不法就労者と共同で労働者の権利に関する情報へのアクセスを改善する活動を行った。

 厚生労働省は、労働安全・衛生に関する各種の法律・規制を効果的に実施した。その中でも主要な法律は、労働安全衛生法である。基準は同省が設定し、中央労働基準審議会の安全衛生分科会と協議の上で発布される。労働基準監督官は、安全ではない操業を直ちに停止させる権限を有し、また法の規定に基づき、労働者は、雇用の継続を脅かされることなく、職業安全について懸念を表明し、安全ではない労働環境から移動することができる。