embassy seal
U.S. Dept. of State
flag graphic
 

(注: 朝日新聞社発行『論座』2004年11月号に掲載された原稿を、同社の許可を得て転載)

人身売買問題に挑む


他者の尊厳を支えるために

 人身売買は過去の問題ではない。

 日本には、途上国などから連れられてきた多くの人身売買被害者が滞在しており、これに対処するための包括的な法整備が課題となっている。

 アメリカの取り組みなどをもとに考える。


アン・M・カンバラ在日米国大使館労働担当参事官
Ann M. Kambara 
 1955年、コロラド州デンバー生まれ。80年、コロンビア大国際関係論修士号を取得。同年、米国務省に入省。在日米国大使館労働担当官、国務省朝鮮半島部経済問題担当副部長、在北京米国大使館政務担当官などを経て現職。日系3世。

 
 国連が2000年に採択した「人身取引補足議定書」(訳注1)は、署名したすべての国に対し、人身売買を犯罪として協力して取り締まり、撲滅するための重要な挑戦の場を与えた。2002年12月に議定書に署名した日本は、この約束をどう実現するかという重要な問題に直面している。1990年代後半、アメリカもまた同じ決断を迫られた。その結果、2000年に人身取引被害者保護法(TVPA)が成立し、2003年12月には人身取引被害者保護再授権法(TVPRA)(訳注2)が制定された。日本での最近の議論への参考となるよう、アメリカが人身売買の取り締まりを進展させた要因と、外交政策、国内治安のために日本も同様の法律を制定する必要があるという点について論じたい。


人身売買とは何か

 国連の議定書は、各国に対し、人を搾取するために商品として移送し、不法に受け取ることを犯罪とするように要請している。議定書が定義する人身売買には、暴力、性的搾取のための詐欺や強制、強制労働、奴隷に類する行為、借金を理由とする束縛、隷属的労働、同意なしの苦役が伴う。人身売買は移動労働者を密入国させることとは明らかに違う。人身売買の被害者は決して同意しておらず、もし最初の段階で同意していたとしても、その同意は業者による強要、偽り、虐待行為などで無効になっている。人身売買の被害者は、強制的に売春をさせられたり搾取労働の状態に置かれることに気づいていない場合が多い。

 米国法では年少者(18歳未満)については、それが同意を伴うか否かにかかわらず、自動的に深刻な人身売買が行われたとみなされる。ある場合には、善意の両親または親戚が、雇用の申し出が正当なものであると思い込んで年少者を「人身売買」することもあるが、要するに、人身売買とは被害者の人権を極度に侵害することにほかならない。したがって、その被害者は自分の意思で日本にきて働き、そのまま残っているのだという一般的な認識は間違っている。同時に、事情を知った上で自ら望んで性産業で働くためにやってくる外国人もいるが、そうした人々を対象とする調査は、大部分が性産業以外の道で生きたいと思っているという事実を示している。

 最近、日本のメディアでは、人身売買問題が頻繁に取り上げられるようになった。アメリカ政府の年次人身売買報告書で日本が「最低限の基準を満たしていない」として「監視対象国」とされたことや、国連の人身売買取り締まり関連規約にあわせて、日本が年内にも国内法を改正すると決定したことなどが理由だ。人身売買を禁じる特別法を作り、取り締まり当局と検察当局が人身売買犯罪ネットワークに対抗できるようにすべきだと政府に求める社説もいくつか登場している。日本の非政府組織(NGO)関係者は、人身売買被害者に対する保護と対応の拡充を求めており、日本に被害者を運んでくる犯罪ネットワークに対して厳罰でのぞむことを求めている。

 国際機関による人身売買調査は、日本国内での被害、社会的コスト、国際的組織犯罪への資金提供の役割などについてはっきりと言及している。日本の人々は、人身売買という言葉については認識しているようだが、その意味するところを明確に把握しておらず、人身売買が極めて忌まわしいものであることを理解していない。私の見るところ、日本で議論されている現在の状況は、1990年代後半のアメリカでの状況と酷似している。


アメリカに保護法が生まれた背景

 1990年代後半、アメリカの非営利組織(NPO)が政治家への接触を開始した。多くの国々から男女、児童が、性的搾取、強制労働、奴隷労働、家事労働、農作業などの目的で、アメリカに運び込まれていることを訴えたのである。

 こうした人々の労働条件は、いわゆる「不当な」労働とは根本的に異質だった。市民団体の説明は、ブローカーがこれらの人々を、支払い条件の良いまともな仕事だとだまして連れてきて、売春を強要させるというものだった。なかには、快適な住宅と良い条件での仕事を保証すると約束されながら、旅券を取り上げられ、ブローカーたちが課した法外な「借金」を賃金から差し引かれるはめにあった人々もいた。これらの人々は強制的に劣悪な住居に住まわされ、危険なタコ部屋のような状況下で働かされている。

 だまされたといって母国に帰ることを要求したり、条件の良い仕事を求めたりすれば、ひどく殴られ、時には鎖につながれたり監禁されたりし、食事と水を取り上げられ、さらに虐待をする「ボス」に転売される。もし働かないなら、家族がケガをしたり殺されることになると脅され、さらに、さまざまな肉体的、精神的な虐待を受けることになる。こうした被害者たちは、ボスたちからコンドームの使用を禁じられているので、エイズや性病に感染するリスクにさらされている。

 アメリカのNPOは、人身売買被害者を支援する必要性を強く感じ、現行法の範囲内では被害者を救助しようとする努力が、不法移民のほう助および教唆とみられて逮捕されることになることを憂慮した。同じころ、旧ソ連の崩壊と経済的貧困が、人身売買ネットワークの餌食になりがちな若年層の西側への流出をもたらした。こうした若者の多くが、人身売買ブローカーと組織犯罪集団にだまされ、監禁されていたことをアメリカの政治家に証言した。被害者たちは、人身売買ネットワークがインターネットや高速輸送システムなどのグローバリゼーションと技術の進歩をうまく活用して、被害者の募集と運搬を行っている実態を詳述した。

 ブローカーたちは条件の良い海外の働き口や奨学金を提示して被害者をリクルートし、売春や劣悪な条件での労働を強要する。被害者たちは、往々にして組織犯罪集団と関係しているこうしたブローカーのネットワークが、総合的な人身売買取締法の欠如と警察組織の国際協力の限界に助けられ、逮捕される恐れがほとんどないままにビジネスを展開していることを詳述した。たとえブローカーが捕まっても、軽い罰金か短期刑に処されるだけであり、それに引き換え人身売買で得られる利益は膨大であった。旧ソ連からの被害者はアメリカの政治家に、この悲劇の循環から救い出してくれるよう要請したのである。

 1998年、アメリカ国内と外国からのこうした声に応えて、ビル・クリントン大統領は国務長官とその他の閣僚に人身売買に関する世論喚起を国内外で行おうと呼びかけた。また、被害者の保護や人身売買を防ぎ、犯罪とみなし、人身売買と戦うためのさらなるステップの構築に向けて刑事関連法の見直しをした。その結果、人身売買を「予防」(prevent)する、被害者を「保護」(protect)する、ブローカーのネットワークを「告訴」(prosecute)する、という人身売買に対抗するための「3P」キャンペーンが行われた。この3Pは今でも重要である。


党派を超えた取り組み

 2000年のTVPAの起草および成立は、それまでにない政治的な結束のたまものだった。人権団体、宗教団体、女性権利擁護団体、子どもの権利を守る団体、さらに取り締まり当局など、あらゆる団体が協力した。例えばグローバル・サバイバル・ネットワークという団体の「北マリアナ諸島(サイパン)のタコ部屋労働に関しての1999年ケーススタディ」などをはじめとする報告書によって、あらゆる党派の議員が行動を起こした。

 サイパンの報告書では、東アジアとロシアから売買されたおよそ4万人の女性たちが、昼間はタコ部屋のような環境で働かされ、夜は売春を強要されていた。

 またCIAは、ある重要な研究論文を発表した。国際犯罪組織の役割と、現行の人身売買関連法規のもとでの犯罪への対応について論じたものであり、この具体的な提案が最終的にTVPA成立に結びついた。

 国際的な超党派指導者グループであるバイタル・ボイス・グローバル・パートナーシップも、共和党・民主党のさまざまな声をまとめることに大きな役割を果たした。たとえば、ヒラリー・クリントン上院議員、マドレーン・オルブライト元国務長官、ケイ・ハッチソン上院議員、サム・ブラウンバック上院議員、故ポール・ウェルストーン上院議員、それにベーカー駐日大使夫人であるナンシー・カッセバウム元上院議員らが世論を喚起し、TVPA成立に向けたロビー活動を行った。

 その結果、下院では最終修正案が賛成371、反対1で通過した。さらに上院では賛成95の全会一致で通過した。加えて2003年12月にはTVPRAが同様の超党派の支持によって成立し、人身売買撲滅の努力への新しい資金提供の道が開かれ、TVPAの強化と明確化がはかられることとなった。

 私は多くの人々から、なぜアメリカが人身売買問題をそれほど深刻に考えるのか、そしてこの問題を重要と考えているのは政府の誰なのかと質問を受ける。アメリカ政府の人身売買問題への憂慮は大統領自らのものである。2003年9月、ブッシュ大統領は国連総会の演説で、人身売買に隠された危機について明らかにした。数多くの国家首脳を前にして、世界的リーダーがこの問題を取り上げたのは初めてだった。大統領は、人身売買が毎年何十億ドルもの「利益」を生み出しており、大部分が犯罪組織に流れていることを指摘。特に、最も罪のない、弱い立場にある人々を虐待し搾取する形になっている事実を強調した。さらに大統領は、人身売買被害者を餌食にし、その苦しみから利益をむさぼる人々への厳罰を求め、性産業をひいきにする人々はみずからの品位をおとしめ、被害者の窮状に拍車をかけていると指摘した。つまりアメリカは、人身売買は極悪な国際犯罪であり、この人権侵害を国の内外で撲滅することを約束したのである。

 多くの国々が人身売買根絶のためにアメリカと力を合わせてきたのは、これが国境を無視して行われる犯罪活動だからである。人身売買による利益は犯罪組織を潤す。国連によれば、人身売買は犯罪組織にとって麻薬取引に次ぐ収入源となっている。どうして、こんなに実入りがいいのか?

 従来の人身売買取締関連法に基づく取り締まりでは法の対象が限定され、犯人に対してはわずかな罰金や刑が科されるだけで、それもブローカーのネットワークに対してではなく、大部分は犯罪の犠牲者に科せられることになっていた。人身売買の被害者は何度も売買されることが多く、そのたびにブローカーの懐に利益が転がり込む。「女性の人身売買に反対する連合」という団体が、司法省の調査・研修機関である米国司法研究所の助成を受けて調べた結果、人身売買業者とブローカーは、さまざまな犯罪に手を染めていることがわかった。ごく一部を挙げても、強盗、盗難車の海外売買、ゆすり、マネー・ロンダリング、外国人の密入国あっせん、文書偽造、違法武器売買、麻薬取引など多岐にわたる。

 2003年には、24の国が新しい包括的な人身売買取締法を施行した。もっと多くの国にこうした法が作られることを期待したい。しかしながら、ひとつの国で人身売買が事実上犯罪とみなされると、犯罪グループは実効的で包括的な取り締まり法を持たない国を、より安易な拠点にしていく。人身売買は国境のない性質をもつので、取り締まり当局と司法関連機関は捜査および告発のための新しい戦略と、協力手段を開発し続けなければならない。

 私たちはもはや「被害者がいない」「外国人犯罪である」などの理由を挙げて問題を棚上げし、人身売買を見逃すことはできない。いかに捜査が難しくて時間がかかろうと、私たちの日常生活にはっきりした影響がなかろうと、見逃すことはできない。

 日本の歓楽街では、こうした人身売買ビジネスが私たちすべてが利用するレストランや店のすぐ隣で行われている。小さな子どもや十代の若者を育てている日本人や在日外国人の親たちは、私に、息子や娘が学校へ行く途中で、けばけばしい性産業の看板のそばを通らなければならないとこぼしている。自宅の郵便受けに頼みもしないのに「ピンク」チラシが連日投函されているとこぼす人々もいる。

 こうした性産業の宣伝が十代の若者と大人の男性を誘惑して、セックス・クラブに足を運ばせる事態につながることを憂慮する日本人もいる。こうした事態が街中の「危険」で「低俗な」地域で発生しているのではなく、私たちのすぐそばで発生しているのである。


必要なのは包括的な取り締まり法

 私たちは人身売買に対する考え方と理解を変えなければならない。つまり人身売買は経済的需要と供給を基にしているということである。従来の取り締まりのように、あるサービスを提供する側、つまり、人身売買の被害者を罰することを中心とした方法では効果がない。取り締まりのためにはNGOと共同で動くことが不可欠であり、保護が必要な被害者に手を差しのべ、ブローカー・ネットワークについて証言することを奨励することで初めて問題の「根っこ」を断つことができる。

 検察側は、被害者が売買人に対して十分に証言できる期間の滞在を可能にする手立てを講じなければならず、被害者に対して、それを可能にするための経済的かつ法的な支援体制を構築しなければならない。「需要」への対応を明確にさせるために、さらに注意すべきことがある。人身売買で利益を得ている者や顧客の中には、自分の行為が深刻な犠牲をともなう犯罪の一部を構成する搾取であることを認識していない場合があることである。

 さらに人身売買を効果的に取り締まれなかった場合、外交とどうかかわるかについても認識しなければならない。海外の買春ツアーはその国のマイナス・イメージを生み出すこととなり、それが地域外交にもマイナス要素として跳ね返ってくる。

 それを端的に表す例は、昨年、中国・珠海市での日本の会社員の買春ツアー問題で、多くの中国人がインターネットを通じて、日本に対する強硬な否定的意見を表明したケースである。この大阪の会社員たちは単にパーティーのために売春婦の斡旋を受けたにすぎないと考えているようだが、多くの中国人は、日本の侵攻を記憶するための国民の祝日に、中国女性を意図的に侮辱したとして激しい怒りを表明した。

 日本、アメリカおよび西側諸国から途上国への子ども買春ツアーのマイナス・イメージは、貧困撲滅と民主化のために積極的な外交支援を行っている国に暗い影を投げかけるものだ。

 日本の人身売買撲滅の努力は、被害者を日本に送り出している国の努力の効果を高めたり損なったりする可能性がある。送り出し国が人身売買と対決する強力な法律を持っている場合でも、日本の法律がそれと同様に強力でない限り、ブローカーは刑罰から逃れることが可能となるであろう。人身売買との戦いのためには、すべての国が助け合わねばならないのである。

 アメリカは日本を価値あるパートナー、アジアの民主主義の成功例と考えている。

 私たちは日本が国際的な人身売買を撲滅するための強いパートナーになって欲しい。国際的には、アジア地域で人身売買撲滅の活動をしている国際機関に300万ドルの貢献をしている日本だが、経済力を考慮すれば、それに十分見合うだけの国内での人身売買への取り組みを今以上に行えるはずだ。

 現在日本は、人身売買に対する包括的な法律を持っておらず、刑法およびさまざまな労働法、入管法、児童福祉・保護関連法を援用して、限定的に取り締まりをしている。日本の法律では最高10年の刑と厳しい罰金を規定しているものの、実際の刑罰は厳しいというにはほど遠い。しかしながら、日本ではこの秋から、国連議定書の約束を満たすために、国内法をどう整合させるかについて論議が開始される。一部の日本人は、日本の取り締まりを国際的レベルに引き上げるのにも現行法で十分だとしている。しかし私は、アメリカがTVPAを作るために論議した経験をもとに、特別な法を作り出すことを真剣に考慮することが適切だと考えている。

 アメリカは1865年以来、奴隷労働および同意なしの強制労働を禁止しており、人身売買取り締まりは国内の連邦、州および地方の法律でカバーされてきた。しかし、CIAが起草した「2000年人身売買研究」が法改正を呼びかけた。この研究論文が注意を喚起したのは、人身売買法令がひとつにまとまっていないために、多くの法令によって訴追手続きが煩雑になることであった。さらに、まとまったひとつの人身売買取締法によって、事例の追跡や記録が容易になり、取り締まりや訴追への協力も改善され、その結果、犯罪抑止力が高まる。特別な法によって犯罪概念を明確にし、争点を定義し、人身売買の被害者に対する適切な保護と扶助を規定できるのである。日本にとって最も大事なのは、包括的な人身売買取締法によって、現在援用されている入管法や労働法違反に代えて、人身売買を刑事手続きのもとで制圧可能にすることである。

 日本の取り締まり当局は、現行の児童買春・児童ポルノ禁止法のもとでは、海外からの人身売買被害者の大部分が年少者であるにもかかわらず、子どもの人身売買を捜査していない。しかしながら、特別な人身売買取締法によって、彼らはすべて、強制されずに自らの意思でやってきたのだと推定するのではなく、より明確に被害者を選別することができるようになる。

自分自身のための戦い

 2004年1月のロシア政府主催の人身売買会議でパウエル米国務長官は、アメリカは人身売買との戦いに加わる国々を支援するパートナーシップを約束する、と述べた。今年6月、パウエル長官はさらに「われわれが人身売買と戦うのは、単にこの犯罪の被害者と潜在的な被害者のためだけではない。われわれ自身のために行うのだ。なぜなら、他者の尊厳のために戦わないなら、われわれは自らの人間としての尊厳をすべからく享受することができないからだ」と付け加えた。この秋に日本政府と日本のNGOが議論しようとしているのは、まさに他者の尊厳のために戦うにはどうしたらいいかということである。私たちのこうした努力に対して犯罪者たちが勝利することを許すことはできない。私たちと私たちの社会には、人身売買の惨劇を阻止する義務が課されている。



(翻訳=菅原秀 Translated by Schu Sugawara, Secretary General of the ADP Committee)

訳注1 国会図書館立法考査局の公式訳では、この議定書は「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約を補足する人、特に女性及び児童の取引を防止し、抑止し及び処罰するための議定書」となっている。また同局は「人身取引補足議定書」をこの条約の略称と発表している。英語名称は次のとおり。
Protocol to Prevent, Suppress and Punish Trafficking in Persons, Especially Women and Children, Supplementing the United Nations Convention Against Transnational Organized Crime.

訳注2 国会図書館立法考査局はまだこの2003年の法律The Trafficking Victims Protection Reauthorization Act (TVPRA 2003)の定訳を発表していないので、「人身取引被害者再授権法」という暫定訳にした。