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ジョン・F・ビビー
共和国としての米国の建国者たちは、1787年の合衆国憲法制定に際して、政治における政党の役割を考慮しなかった。むしろ彼らは、三権分立、抑制と均衡、連邦制度、そして選挙人団による大統領の間接選挙等、さまざまな憲法上の取り決めによって、この新しい共和国を政党や党派から切り離すことを目指した。
こうした建国者たちの意図にもかかわらず、米国は1800年に世界で初めて、全国的に組織された政党を持ち、選挙によって行政権を党派間で持ち回る国家となった。
政党の出現と広がり
政党の発達は、1800年代初めに選挙権における財産所有の要件が廃止されたことに伴う参政権の拡大と密接に結びついていた。有権者の大幅な増加に伴い、大勢の投票者を動員する手段が必要となった。この重要な作業を達成するために、政党が制度化されたのである。このように米国の政党は、民主主義の拡大の一環として出現したものであり、1830年代までには、政治組織の一部として確立されていた。今日では、共和党と民主党が政治過程に浸透している。米国人の約3分の2が、自らを共和党員または民主党員とみなしており、無所属とする人びとでさえも、通常いずれかの党派寄りであり、党派への忠誠度はかなり高い。例えば、1980年から1996年までの間に行われた5回の大統領選挙では、共和党「寄り」または民主党「寄り」の無所属派のうち平均して75%が、当該の党派の候補に投票している。そして2000年には、共和党「寄り」の人たちの79%が、共和党のジョージ・W・ブッシュに投票し、一方民主党「寄り」の人たちの72%が、民主党候補のアル・ゴアに投票している。
党派の影響は、政府内の党にも及んでいる。大統領職、議会、知事職、そして州議会も、2大政党に支配されている。1852年以降に選出された大統領はすべて共和党員か民主党員であり、第2次大戦後は大統領選の一般投票のうち平均94.8%が、2大政党候補への票である。2002年の連邦議会および地方選挙では、連邦議会上院の100人の議員のうち、無所属で当選した議員はわずか1人に過ぎなかった。下院では435人の議員のうち、2人だけが無所属であった。州レベルでは、50州すべての知事が共和党員か民主党員であり、州議会では7300人を超える当選議員のうち、共和党にも民主党にも属さない者はわずか21人(0.3%)であった。全米レベルでも州レベルでも、政府を組織し支配しているのは2大政党である。
米国の政党は、多くの民主主義諸国の政党に比べ、イデオロギーへの執着が弱く、非綱領的な傾向があるものの、公共政策の形成に主要な役割を果たしている。事実、1994年の選挙以降、連邦議会における共和党と民主党の政策には際立った相違があり、いずれも歴史的には珍しく党内の結束が強まっている。この2大政党間の政策の相異は、2年ごとの下院・上院議員選挙時に特に明確になり、結果として、下院と上院における勢力を変えていく可能性を持っている。明確な政策と激しい議会での勢力争いにより、最近、上下両院で党派対立が過熱している。そして2004年の選挙の準備期間には、ブッシュ政権と同様に、両党の議会指導者と民主党の大統領指名候補者たちが、選挙で優位に立つために計画された一連の駆け引きに携わっている。
2大政党制
2大政党が争う選挙は、米国の政治制度における、最も顕著で永続的な特徴の1つである。1860年代以降、共和党と民主党が選挙政治を支配している。このような無類の長期にわたる、共和党と民主党による選挙政治の独占支配は、米国の政治制度の構造的な側面と米国の政党の特徴を反映している。
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| (左から右、上から下へ) 共和党の大統領候補ジョン・フリーモント、副大統領候補ウィリアム・ドレイトンを支援する旗 (1856年) 民主党の大統領候補ホーレイショ・セイモア、副大統領候補フランク・ブレアを支援する旗 (1868年) ユリシーズ・S・グラント、シャイラー・コルファックスを描いた、共和党の選挙ポスター (1868年) 大統領候補ウィリアム・マッキンリーに敬意を表して作曲された『共和党ツーステップ』の楽譜表紙 民主党の大統領候補ジョージ・マクレラン将軍、副大統領候補ジョージ・ペンドルトンの選挙ポスター (1864年頃) エイブラハム・リンカーンとハンニバル・ハムリンを描いた、共和党のポスター(1860年) 民主党の大統領候補サミュエル・ティルデン、副大統領候補トーマス・ヘンドリクスのポスター (1876年) (Hulton Archive by Getty Images)
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2大政党方式を促進するもう1つの制度が、大統領選の選挙人団制度である。この制度のもとでは、国民は厳密には大統領候補者に直接票を入れるわけではない。各州で、特定の大統領候補者への支持を誓約している「選挙人」に票を入れるのである。大統領に選出されるには、50州の選挙人票計538票の過半数を得なければならない。この要件により、第3政党が大政党と組まずに大統領選を制することは極めて難しい。加えて、各州の選挙人票は、勝者独占方式により割り当てられる。州の選挙人票を獲得するためには、州内の一般投票の最高得票数(それがたとえ僅差であっても)を獲得しさえすればよい。小選挙区制と同様、選挙人団制も第3政党には不利なのである。第3政党は、大統領選出に必要な数の州の選挙戦を制することはおろか、1州ですら選挙人票を獲得する可能性はほとんどない。
共和党と民主党が政治機構を支配していることを考えると、両党がこのほかにも大政党に有利な選挙規則を作りだしていることは驚くに当たらない。新政党の名前を州内の候補者名簿に載せるだけでも、困難で費用のかかる作業である。例えば、ノースカロライナ州では、新政党が候補者の氏名を2004年大統領選挙の候補者名簿に載せるには、5万8842人の有権者の署名を記載した請願書が必要である。更に、連邦選挙運動法が大政党に特典を与えている。例えば、大統領選挙運動のための公的資金は、第3政党に比べるとはるかに多い。前回の選挙で、第3政党が資格基準である一般投票の5%を獲得しているにもかかわらずである。
米国独特の大統領候補指名方式も、第3政党にとってはさらなる構造障壁となっている。世界の民主主義国家の中でも米国は唯一、連邦議会および州政府の党派候補指名において予備選挙に依存し、大統領指名候補の選出において、州レベルの大統領予備選挙を採用している国である。このような指名方式により、有権者は予備選挙で一般選挙のための党の候補者を選ぶ。ほとんどの国では、党候補の指名は党組織と党幹部によって行われている。しかし米国では、共和党、民主党の正副大統領候補を最終的に決定するのは有権者である。
当然のことながら、こうした制度が一因となって、他の大半の民主主義国家に比べ、米国では力が弱い党組織が生まれ、この参加型の指名方式は、ほぼ150年にわたる共和党と民主党による選挙政治の支配にもつながっている。党の異分子は、予備選挙で党の指名を獲得することによって、一般選挙の候補者名簿に自分の名前を載せることができ、第3政党を結成せずに当選の可能性を高めることができる。このように、予備選挙による指名方式は、異分子を2大政党に誘い込む傾向があり、そのため異分子は苦労して第3政党を結成する必要がない。予備選挙により候補者を指名するこの方法は、2大政党が多様な「非主流」社会活動や「異分子」タイプの候補者に影響されやすくなり、時にはその影響が深く浸透することになる。
広範な支持基盤と中道派的立場
米国の政党の支持基盤は、多階級から成り、かつ広範である。2000年の大統領選挙で、アフリカ系アメリカ人の約9割が民主党支持であったのを例外として、共和党、民主党とも米国社会のほとんどすべての主要な社会経済層から、相当数の支持を得ている。一例を挙げれば、労働組合員の世帯は、一般に民主党支持と考えられているが、大抵の選挙において、共和党は少なくとも3分の1の労働組合票獲得を期待できる。1984年には、この数字は46%にも達した。2000年には労組世帯の37%が共和党に投票している。同様に、所得水準が上昇すると、民主党支持は一般に下降するとされているが、民主党の大統領候補は通常、上層中産階級の有権者からかなりの支持を期待できる。例えば2000年の大統領選挙では、民主党の候補者アル・ゴアは、世帯の年間所得が10万ドル以上の有権者の43%の票を獲得している。米国の政党はまた、政党内部のまとまりが比較的弱く、イデオロギーや一連の政策目標の厳守という点に欠けているのが特徴である。むしろ各政党は従来から、選挙における勝利および政府内人事の掌握を最優先事項としてきた。選挙の際の支持基盤が社会経済的に広範囲であり、イデオロギー的には大部分が中道派である社会で機能する必要性から、米国の政党は基本的に中道の政策姿勢を保っている。さらに、政策に対する柔軟性も高い。この原理原則に拘泥しないアプローチのゆえに、共和党員、民主党員のいずれもが、党員の広範な多様性に対し寛容であり得る。そしてこれは、第3政党や抗議運動が発生した場合、それらを吸収することを可能にしてきたのである。
分散型政党
米国の政党の特徴が権力分散型構造であることは、いくら強調しても強調しすぎることはない。与党の場合、大統領は自分の政党の議員が、議会で大統領のプログラムを忠実に支持してくれるだろうと決め込むことはできない。また、議会の政党指導者は、自分の政党の議員が、党の方針に従って票を投じることを期待できない。政党の組織内部でも、共和・民主各党の上下両院選挙運動対策委員会(現職議員によって構成される)は、共和党および民主党の全国委員会など、大統領寄りの党の全国委員会とは切り離され、自主的に運営されている。党の全国組織は、全国党大会への代議員の選考手続きに対する限られた範囲の権限を除き、各州レベルの党内問題にはほとんど干渉しない。こうした組織的な分散の要因の1つは、憲法で定められた三権分立制度にある。これは、立法府、行政府、司法府がそれぞれ異なった手続きや任期をもち、互いに独立している制度であり、このシステムにおいては、議員が党の最高指導者の下で党として結束する誘因はあまり存在しない。連邦議会議員と同じ党に属する大統領との間にも、また州議会議員と同じ党に属する州知事との間にも、概して同じことが言えるのである。また、連邦制度を謳った憲法の原則が、米国に連邦政府、州政府および地方自治体をつくり出し、それぞれの公職者を有する何千もの個別の選挙区を連邦・州・地方レベルでつくり出すことによって、さらに分散化を進めている。先に述べたように、候補者指名のために予備選挙を行うことも、党組織から候補者選考権限を奪い、党の組織力を弱める一因となっている。個々の候補者は、まず予備選挙、続いて一般選挙に勝つために、各自で選挙運動組織を作り、支持者を集めることを促がされる。選挙資金集めですら、大半は各候補者個人の責任となっている。これは、特に連邦選挙の場合、党組織は通常限られた資金源しか持っておらず、選挙資金提供額に関しても、法律で厳しく規制されている場合が多いためである。
米国民の政党不信
米国の政治制度には、党派性が長い間はっきりと現れているにもかかわらず、米国の市民文化の中では政党への不信感が根強く定着している。20世紀初頭に採用された連邦および州議会議員候補者指名のための予備選挙、および、より最近では大統領候補指名の決定的要因となる大統領予備選挙の拡大は、国民の中の反政党感情の現れである。米国民は、政党組織の指導者が、政府に対し強大な権力を行使することに、不安を抱いている。世論調査の結果によると、有権者の多数が、政党は事態を明らかにするよりむしろ混乱させており、投票用紙に政党名を記さない方がよいと考えている。米国の政党は、一般的に反政党的な民意に満ちた環境に置かれると同時に、政党への帰属意識の希薄な有権者の増加という問題に直面している。有権者のこうした政党への帰属意識の低下を示すものに、同一選挙において異なる政党の候補者へ分けて投票する「分裂投票」がある。2000年の選挙では、有権者の20%が、大統領と連邦下院議員の選挙において、それぞれ異なる政党の候補者に投票した。結果として、大統領選でジョージ・W・ブッシュが勝った下院議員選挙区のうちの40の選挙区で、議会選挙では民主党の下院議員候補が勝利している。
選挙の際に有権者が行う選択に対する党の影響力の低下や無党派と自認しているかなりの数の有権者の存在が、分裂投票を増加させ、この結果米国の政治は、「党中心」から「候補者中心」になっている。これは、連邦政府と50州の政府のいずれにおいても、行政府と立法府で支配政党が異なる分裂統治が当たり前になったことを意味する。事実、1980年以降4年間を除いて常に、大統領が属する政党と、少なくとも上下両院のいずれかの多数党は異なる党であり、また2002年の選挙以降、29州(58%)で州知事の政党と議会多数派の党派が異なっている。
第3政党と独立候補
第3政党の歴史を見ると(次表参照)、第3政党と独立候補は、前述の障壁にもかかわらず米国の政治において周期的に現れるのが特徴である。多くの場合、彼らは主要政党が取り上げようとしない社会問題を国民の議論の前面に押し出し、政府の課題としてきた。しかし、こうした第3政党の多くは、1つの選挙で表舞台に出た後、消滅するか、衰退するか、あるいは主要政党のいずれかに吸収されてしまう傾向がある。1850年代以降に出現して主要政党にまでなった新党は共和党のみである。共和党の場合、奴隷制という、国を分断する極めて重大な道徳的課題が存在し、それが候補者選びや有権者動員の基盤となった。
| 米国史における第3政党 | ||||
| 第3政党 | 年 | 一般投票での得票率 (%) | 選挙人票 獲得数 |
次回の選挙での動静 |
| Anti-Masonic (反メイソン党) |
1832 | 7.8 | 7 | ホイッグ党候補者を支持 |
| Free Soil (自由土地党) |
1848 | 10.1 | 0 | 5%の票を獲得し、共和党支持者の基盤を築いた |
| Whig-American (ホイッグ党) |
1856 | 21.5 | 8 | 解散 |
| Southern Democrat (南部民主党) |
1860 | 18.1 | 72 | 解散 |
| Constitution Union (立憲統一党) |
1860 | 12.6 | 39 | 解散 |
| Peoples' (Populist) (人民党) |
1892 | 8.5 | 22 | 民主党候補者を支持 |
| Progressive (T. Roosevelt) (革新党) |
1912 | 27.5 | 88 | 共和党に復帰 |
| Socialist (社会党) |
1912 | 6.0 | 0 | 3.2%の票を獲得 |
| Progressive (R. LaFollette) (革新党) |
1924 | 16.6 | 13 | 共和党に復帰 |
| States' Rights Democrat (州権民主党) |
1948 | 2.4 | 39 | 解散 |
| Progressive (H. Wallace) (進歩党) |
1948 | 2.4 | 0 | 1.4%の票を獲得 |
| Am. Independent (G. Wallace) (アメリカ独立党) |
1968 | 13.5 | 46 | 1.4%の票を獲得 |
| John B. Anderson (ジョン・B アンダーソン) |
1980 | 7.1 | 0 | 1984年選挙には出馬せず |
| H. Ross Perot (H・ロス・ペロー) |
1992 | 18.9 | 0 | 改革党を結成し、1996年選挙に再度参加 |
| Reform (Perot) (改革党) |
1996 | 8.4 | 0 | パット・ブキャナンを候補者とし、0.5%の票を獲得 |
| Green (R. Nader) (緑の党) |
2000 | 2.7 | 0 | ? |
この表によれば、歴史的には第3政党が長期的に存続することを裏付けるものはほとんどない。しかし、こうした第3政党が選挙結果に大きな影響力をもたらすことを証明するものはある。一例を挙げると、1912年の選挙においては、セオドア・ルーズベルトの第3政党からの立候補によって、本来の共和党の票が割れ、一般投票で過半数を割っていた民主党のウッドロー・ウィルソンが当選を果たしている。また、1992年の大統領選挙では、H・ロス・ペローが立候補したことによって、1980年代の選挙で通常共和党に票を投じていた有権者の票がペローに流れ、その結果として現職の共和党大統領ジョージ・H・W・ブッシュが敗北を喫した。2000年の共和党のジョージ・W・ブッシュと民主党アル・ゴアの大接戦では、もし緑の党の候補者ラルフ・ネーダーがフロリダの投票に加わっていなかったら、ゴアがフロリダ州で勝っていたかもしれないし、そうであれば大統領になるために必要な選挙人票の過半数を獲得していたかもしれない。
1990年代の一連の世論調査では、一貫して第3政党への高い支持が見られた。2000年選挙の準備期間中に行われたギャラップ世論調査によると、大統領や連邦議会、州政府に候補者を出せるような強力な第3政党の登場に、国民の67%が賛成であるとの結果が出ている。国民に見られるこうした気運と、潤沢な選挙資金によって、テキサスの億万長者ペローは、1992年の大統領選挙で19%もの一般投票を獲得した。この数字は、2大政党以外の候補者としては、1912年の選挙でセオドア・ルーズベルト(革新党)が27%を獲得して以来の、高い数字である。
第3政党に対する潜在的な支持がこうした形で現れているにもかかわらず、第3政党が大統領選挙で勝利を収めることはもとより、相当数の上下両院議員を当選させることにすら厚い壁がある。前述の障壁に加えて、最も大きなものの1つは、第3政党の候補者に投票することは、結果的には自らの票を「無駄にする」ことになるのではという、有権者の不安である。第3政党の候補者が選挙に勝つ見込みがないと感じる場合には、有権者は次善と思われる候補に票を投じ、「戦略的」投票を行うことが分っている。例えば、2000年の選挙前の調査では15%の有権者がラルフ・ネーダーをジョージ・W・ブッシュやアル・ゴアより高く評価していたが、実際にはネーダーはわずか2.7%の一般投票しか獲得出来なかった。同様に、1992年の大統領選挙で、ペローを最も高く評価していた有権者のうち、21%はペローに票を投じなかった。
さらに、第3政党の候補者に票を投じる場合、「抗議」票という現象が見られる。1992年のギャラップ調査では、ペローに投票した有権者のうち5%は、ペローが勝つ可能性があると考えたなら彼に投票しなかった、と回答した。
第3政党の候補者や無所属候補が大統領選挙で勝ったとしても、選挙後に大きな問題に直面する可能性がある。それはいうまでもなく、統治上の問題である。すなわち、政府の人事、そして非大政党の大統領に協力する動機がほとんどみられないであろう共和党および民主党の議員が支配する議会との協力という問題である。
選挙人団米国の大統領選挙で投票する有権者の多くは、自分たちが大統領の直接選挙に参加している、と考えている。しかし、厳密にはそうではない。なぜならば、18世紀の憲法の名残である選挙人制度が存在するからである。選挙人団とは、各州で政治活動家や党員によって指名される「選挙人」の一団である。選挙日には、特定の候補に投票することを誓約しているこれらの選挙人が一般投票で選出される。選挙人は、大統領選挙直後の12月に各州の州都で集会を開き、投票によって大統領と副大統領を選出する。大統領に選出されるには、270の選挙人票が必要である。 接戦の場合や3政党以上の選挙戦の場合には、どの候補も270票を獲得できない可能性があるが、その場合は下院が次期大統領を選任する。 選挙人団制度は、合衆国憲法第2条第1節に規定されている。近年、多少論議の対象となってはいるものの、選挙人団制度は選挙制度を安定させる要因であるとの見方もある。
今日の選挙人団の機能
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2004年の州別選挙人団数
| アラバマ 9 | ルイジアナ 9 | オクラホマ 7 |
| アラスカ 3 | メーン 4 | オレゴン 7 |
| アリゾナ 10 | メリーランド 10 | ペンシルベニア 21 |
| アーカンソー 6 | マサチューセッツ 12 | ロードアイランド 4 |
| カリフォルニア 55 | ミシガン 17 | サウスカロライナ 8 |
| コロラド 9 | ミネソタ 10 | サウスダコタ 3 |
| コネティカット 7 | ミシシッピ 6 | テネシー 11 |
| デラウェア 3 | ミズーリ 11 | テキサス 34 |
| コロンビア特別区 3 | モンタナ 3 | ユタ 5 |
| フロリダ 27 | ネブラスカ 5 | バーモント 3 |
| ジョージア 15 | ネバダ 5 | バージニア 13 |
| ハワイ 4 | ニューハンプシャー 4 | ワシントン 11 |
| アイダホ 4 | ニュージャージー 15 | ウェストバージニア 5 |
| イリノイ 21 | ニューメキシコ 5 | ウィスコンシン 10 |
| インディアナ 11 | ニューヨーク 31 | ワイオミング 3 |
| アイオワ 7 | ノースカロライナ 15 | |
| カンザス 6 | ノースダコタ 3 | 合計 538 |
| ケンタッキー 8 | オハイオ 20 |
ジョン・F・ビビー(John F. Bibby)は、ウィスコンシン大学ミルウォーキー校の政治学名誉教授。米国政治学学会政党分野の会長を務めた。米国政治の権威者であるビビー教授には、Politics, Parties, and Elections in America の著作がある。
* 本稿はUnited States Elections 2004 に掲載の"Political Parties in the United States" の仮訳です。


駐日米国大使 