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大統領候補を選出する2大政党の全国大会

レスター・デービッド/アイリーン・デービッド

 米国では4年に1度、大統領・副大統領候補を選出するため、民主・共和の2大政党が夏の盛りに熱気に満ちた全国大会を開き、米国独特の政治の祭典が繰り広げられる。2004年は民主党が7月26〜29日にマサチューセッツ州のボストン市で、共和党が8月30〜9月2日にニューヨーク州のニューヨーク市で全国大会を開催する。

米国の大統領選挙 2004
はじめに

2004年大統領選挙の日程

米国における政党

大統領候補者指名と米国の民主主義

米国選挙手続き

トーマス・マンとのインタビュー: 2004年選挙戦

連邦議員選挙

世論調査、専門家、そして2004年選挙

選挙資金の現状

* 予備選挙と党員集会

* 大統領候補を選出する2大政党の全国大会

* メディアと2004年選挙

* 若い有権者は経済、国家安全保障に関心

* 若い有権者の動員 NGO その他の組織の役割

米国の選挙人団 (州別選挙人数)

* 選挙人団に関するFAQ

* 選挙資金についての基礎知識

選挙関連用語集

歴代大統領のポートレート

参考文献・ウエブサイト

* 印のものは国務省ウェブサイト「U.S. Elections 2004」 掲載の記事ではありません

 近年、両党の大統領候補指名は、全国党大会以前に予備選挙で決まってしまうことがますます多くなったため、4日間の党大会の役割は、候補者選出をめぐる討議から、全国民に党の政策を訴える場へと大きく変化した。党大会は、党の中心的なメッセージと政策を国民に伝えるための4日間にわたる無料のメディアイベントになっている。換言すれば、一般選挙に向けた選挙運動の幕開け行事になっているのである。全国党大会は大々的なテレビイベントなのだ。

 

党大会の焦点

 党大会は重大な行事であると同時に、米国の政党政治を反映して、世界のどこにも見られない華やかな雰囲気と興奮に包まれる。すべての全国テレビネット局、大半の新聞と通信社が党大会で行われる議論を取材・解説するため、最も経験豊かな記者を派遣する。事実、党大会の一部の行事はテレビの視聴率が最も高いプライムタイムに合わせてスケジュールが組まれている。その結果、何千万もの国民が民主政治の重要な手続きが行われる様子を見守ることができるのである。

 両党の大会では、旗と幕を張りめぐらした大会場に約3000人の代議員と補欠代議員が、各州に割り当てられた座席をぎっしり埋め尽くしている。(補欠代議員は投票しないが、代議員が病気になったり欠席した場合に備えて待機している)

 代議員は多くの演説を聞き、4年に1度の党大会の名物となっている予め準備されたお祭り騒ぎを目の当たりにする。また各候補者の名前が呼び出される度に、あらかじめ準備された支持表明のデモンストレーションが行われる。そして最終的に候補者が指名されると、人びとの叫び声が会場を揺るがし、バンドの音楽が鳴り響き、数千の赤、白、青の風船が天井から滝のように落ちてくる。党大会は大統領・副大統領候補者を選出するという主要な目的に加えて、政治問題に対する党の立場を表明した「党綱領」を採択し、4年後に次の党大会を召集する権限を全国委員会に付与する。

 全国党大会を理解する1つの方法は、党大会の活動を1日ずつ検討してみることである。

 

第1日――基調演説

 大会の初日は、党の全国委員長が暫定議長が選ばれるまで議長を務める。見物人がギャラリーに押し寄せ、報道陣が会場を歩きまわり、大物政治家を捕まえてはインタビューを行う。基調演説者が演台に進むと、歓呼と拍手が響きわたる。基調演説は、党大会の最初の重要な演説である。演説者には、党の最も雄弁な演説家が選ばれる。この演説は、大会の後に続く長い選挙戦に向けて代議員の士気を高め、結束を強めるために行われる。基調演説者は熱弁を振るい、他党の成果にけちをつけると同時に、自党の業績を強調し、会場での議論が終わった後の党の団結が重要であることを訴える。

 

第2日――資格審査と綱領

 資格審査委員会が報告を提出してから1日または2日後の大会の早い段階で、代議員の出席資格および投票資格が確定される。

 大多数の代議員は各州の党員集会と予備選挙で選出される。党員集会は州全域にわたり地区単位で開かれ、登録党員が意中の候補者に投票する。予備選挙は一般選挙につながる予備的な選挙であるが、国民による民主的な選挙という原則は変わらない。

 アイオワ州の党員集会は有名であり、州レベルの選挙における候補者の実力が最初に示されるので重視されている。2004年は1月19日に実施され、8日後にはさらに重要なニューハンプシャー州の予備選挙が控えていた。

 そのすぐ後に、いくつもの予備選挙がこれまでより時期を早めて行われ、3月2日には、いわゆる「スーパーチューズデー」と呼ばれる予備選挙の中でも最も有名な一連の予備選挙が実施される。この言葉は、多くの州で同じ火曜日に予備選挙が行われることに由来する。

 その結果、候補者は非常に大きな問題に直面することになった。余りにも多くの州で予備選挙が同時に行われるので、候補者にとって、予備選挙が行われるすべての、いや大半の州でさえ選挙運動をすることは不可能となる。そこでテレビ広告が有権者に訴える唯一の手段となるが、これには巨額の資金が必要である。

 そのため、予備選挙の日程は、選挙戦に「軍資金」をふんだんに使える候補者に有利になっている。この状況を分析している専門家は、候補者の選挙資金が少なければ、それだけ当選の可能性が低くなると指摘している。当選の可能性が低ければ、寄付集めが困難になるので、候補者にとってさらに苦しくなる。

 時には党員集会と予備選挙で、ライバル関係にある派閥が対立候補を支持することがある。このような場合、2つの代議員名簿が党大会に送られ、資格審査委員会で代議員の資格に関する論争に決着がつけられる。これまで代議員の資格審査をめぐって、いくつかの厳しい対立が生じている。

 1972年の民主党大会では、サウスダコタ州選出のジョージ・マクガバン上院議員が資格審査委員会に異議を申し立てた。これは委員会がカリフォルニア州代議員の票を予備選挙での得票率に応じて各候補者に割り当てようとしたためだ。カリフォルニア州予備選挙での勝者独占方式の下では、同州の代議員が持つ151票はすべて自分がもらう資格がある、とマクガバンは主張し、党大会でこの主張が認められて、彼は指名を獲得した。

 1952年の共和党大会では、全国委員会がオハイオ州選出のロバート・A・タフト上院議員を支持する代議員に会場の席を割り当てようとしたが、ドワイト・D・アイゼンハワー将軍を支持するジョージア州、ルイジアナ州およびテキサス州の代議員に党大会の席が与えられたため、アイゼンハワーが指名を獲得している。

 次に代議員は、国の内外の重要な問題に関する党の立場を概説した綱領を採択するという、重要な作業にとりかかる。綱領に掲げられている項目の大半は、党大会が開始される何週間も前に決まっている。

 与党の綱領は通常、ホワイトハウスのスタッフが起草するか、あるいは彼等の協力を得て起草される。これに対し、野党は党大会開催前に数ヵ月にわたる長期の聴聞会を行って、立候補が予想される政治家に意見を求めるとともに、実業界、労働界、農業団体、女性グループ、公民権運動グループなどからも意見を聴取している。

 2大政党は、多くの派閥、地域および思想グループによって構成されており、これまでの党大会ではこれらのグループ間で意見が分かれる綱領項目をめぐって激論が交わされてきたし、今後の党大会でもおそらく激しい議論が戦わされるだろう。例えば過去の党大会では公民権やベトナム戦争といった感情的な問題をめぐって論戦が起こった。候補者が選挙戦を展開するうえで基礎となる綱領は点呼投票にかけられ、過半数の代議員によって承認されねばならない。

 

第3日――候補者の指名

 党大会はいよいよ大統領候補の選出というクライマックスを迎える。両党はともに、候補者が過半数の票を獲得することを義務づけている。指名の手続きは、議長が「次期米国大統領を指名するための点呼を行う」と宣言して開始される。

 この点呼はアルファベット順にアラバマ州から始められ、ワイオミング州で終わる。アラバマ州の代議員団長は特定の候補者を指名するか、あるいは他の州に指名を委ねる。指名推薦演説者は、候補者の経歴、人徳、業績を熱意を込めて称賛する。時には演説の最後のところでようやく候補者の名前を言うこともある。候補者の名前が最後に告げられると、代議員たちは熱狂し会場は騒然となる。初めて党大会を見る人には、この後に続くデモンストレーションは代議員の興奮が極度に高まって自然に発生したように思えるかもしれない。だが実は、これらの行動は前もって慎重に演出され、振り付けされているのだ。

 過去の党大会では、会場で代議員の行進がいつまでも続き、時には数時間に及ぶこともあった。その間、議長はむなしく小槌で机をたたき続け、「衛視の皆さん、通路に人を入れないように ! 」と叫ぶばかりだった。もちろん、この行進は、候補者の人気がいかに高いかを示すため、代議員がわざと長びかせているのだ。だが現在は、各候補者への支持を示す代議員の行進が15分に制限され、随分おとなしくなった。それでも時間制限が無視されることが多く、民主党大会では現在、候補者への支持を示す代議員のデモンストレーションはいっさい禁止されている。このデモンストレーションの後に、候補者を支持するための演説が行われ、さらに全候補者の指名手続きが終わるまで点呼が続けられる。

 次に再びアルファベット順に州の名前が呼び出され、投票が開始される。各州の代議員団長は、議長から州の名前が呼ばれると、例えば「議長、偉大なアラバマ州は次期米国大統領ジョン・スミス氏に○○票を投じます」と叫んで、代議員の票数を読み上げる。このほか代議員団は割り当てられた票を分割して複数の候補者に投票することもある。しかし、予備選挙の重要性が高まった結果として、通常、党大会の前にすでに最有力候補がはっきりしているため、共和党も民主党も1952年以降、党大会で1度も決選投票を行ったことはない。

 では党大会で候補者は、どんな役割を果たすのだろうか。候補者は党大会の間、トランシーバーや電話や最先端の通信装置を使って絶えず選挙スタッフと連絡を取っているが、表立った役割はほとんど果たしていない。候補者は、指名が確定するまで会場には姿を現さない。そして指名が決定すると、代議員の歓呼に迎えられ、にこやかに手を振りながら、家族とともに登場し、テレビや報道陣のカメラがこの場面を記録するのである。

 

第4日――副大統領候補の選出

 党大会の最終日には副大統領候補が選出されるが、これはほとんど形式化している。というのは、大統領候補者はすでに誰を副大統領候補に据えるかを発表しており、代議員はその決定を尊重することになっているからだ。にもかかわらず、党大会では副大統領候補の指名、演説、投票が形だけではあるが実施される。

 副大統領候補の選択には多くの要因が絡んでいる。主たる要因は、党のすべての派閥をまとめる必要があることだ。そのため、党大会で大統領の指名を受けた候補者は、自分とのバランスを考え、カギとなる有権者グループにとって、大統領と副大統領候補の組み合わせがよりいっそう魅力あるものとするため、自分とは対照的な地域または思想グループから副大統領を選ぼうとする。例えば1960年、米国北東部マサチューセッツ州出身のジョン・ケネディは、副大統領候補に南西部テキサス州のリンドン・ジョンソンを選んだ。また1976年、南部出身のジミー・カーターは、これとは逆に北部出身のリベラル派からウォルター・モンデールを副大統領候補に選んでいる。

 党大会は、副大統領と大統領候補が指名受諾演説を行い、指名争いに破れた候補者全員と党の指導部が壇上に上がって党の結束を誇示して幕を下ろす。

 議長は最後に再び小槌を叩き、大会を無期限に(sine die--ラテン語で日を定めずに、という意味)休会すると宣言して、党大会の終了を告げる。党大会が4年後に開かれるまで正式に休会されるということである。代議員は家路につき、大統領選挙戦はいよいよ最終段階を迎える。

 


レスター・デービッド(Lester David)は著述家。13冊の著書のほか、米国の主要定期刊行物に1200本を超える雑誌記事を発表している。主な著書にはアイゼンハワー大統領、パット・ニクソン大統領夫人、ロバート・F・ケネディ上院議員の伝記がある。

アイリーン・デービッド(Irene David)は元新聞記者。夫のレスター・デービッドと共に数十本の雑誌記事および3冊の著書を著した。

* 本稿はUnited States Elections 1996 (USIA, 1996) に掲載の"National Political Conventions: Choosing the Candidates" を仮訳したものに、一部編集を加えたものです。