Embassy seal
U.S. Dept. of State
flag graphic
 


*下記の日本語文書は参考のための仮翻訳で、正文は英文です。質疑応答の日本語の発言部分は、その英語通訳を日本語に翻訳し、編集しています。

J・トーマス・シーファー大使の日本記者クラブにおける講演と質疑応答

2009年1月14日

 いつものことながら、日本記者クラブでお話しさせていただくことは名誉なことです。私が駐日米国大使として皆さんにお話をするのは、これで4回目であり、最後になります。外交官になって以来、私は、米国が一体何をしようとしているのかということを、政府関係者だけでなく一般市民にも伝える努力をすることが不可欠であると考えてきました。日本記者クラブは、まさにそれを実行する素晴らしい機会を私に与えてくださいました。また、私の日本での任期を通じて、日本と外国のメディア関係者の方々が、私に温かく接してくださったことに深く感謝しております。私の発言あるいは米国政府の行動に個人的には同意されないこともあったに違いないと思いますが、常に公平に、そして敬意を持って私に接してくださいました。そのことに対して、私はこれからも感謝の念を忘れません。

 明日、私は4年に近い駐日米国大使の任務を終えて米国に帰国します。その前には、4年近く駐オーストラリア大使を務めました。本日は、この2つの任務を果たすに当たって私が個人的に経験したことについて、いくつかお話ししたいと思います。

 このような時には、過去を振り返るとともに、多少寂しい気持ちにならざるを得ません。この4年間は充実していました。それが終わってしまうのは寂しいことですが、私がここで得た思い出と友人たちは、私の心の中で永遠に生き続けます。新潟で、横田めぐみさんが家族や友人たちのもとから連れ去られた運命の日にたどった道を、後に横田夫妻と共に歩いたときのことは、決して忘れません。私の大使在任中に拉致問題を解決できなかったのは残念なことですが、今後私がどこで何をしようとも、この問題に正義をもたらす活動を支援し続けるということを、横田夫妻、拉致被害者家族の皆さん、そして日本国民にお約束したいと思います。めぐみさんを、そしてそれぞれの愛する者たちを探し出そうとする横田夫妻やその他の拉致被害者家族の方々の勇気と忍耐は、すべての人々の気持ちを強く動かし、模範となるものです。私は、横田夫妻がその勇気をあのような個人的な形で私と分かち合ってくださったことに深く感謝しています。

 私が日本へ来ることになったきっかけは、友情でした。ブッシュ大統領と私の友情、そしてブッシュ大統領と小泉首相の友情です。私は日本での任期中に、なぜブッシュ大統領が小泉首相に大きな敬意を払っているのかを理解するようになりました。小泉首相は、世界の舞台でめったに見ることのできない、信念と洞察力のある指導者です。彼は、国際秩序が移行期にあることを見てとり、日本がそれに参加するだけでなく、これを主導するようにしたいと決意していました。信念に基づいた小泉首相の統治は、米国にも日本にも恩恵をもたらしました。私は、今後も変わらず、彼の賢明な助言を求めるとともに、彼と温かい友情を育み続けることができるよう願っています。

 また私は在任中に、安倍首相、福田首相、麻生首相という3人の米国の友人に対して米国を代表する、という光栄に浴しました。どの首相も私を大変親切に迎えてくださり、私が米国政府の行動の理由を説明することができるよう、政権中枢の方々にご紹介くださいました。各首相と議論することによって、日米両国の相互理解が深まり、同盟関係が強化されたと私は信じています。こうした方々の賢明な助言と個人的な深い友情に感謝しております。

 このほかにも、細田官房長官、塩崎官房長官、河野衆議院議長、そして多数の閣僚の方々と、温かく実りある関係を築くことができました。中でも、町村、額賀、谷垣、中川、高村、石破、小池、そして中山の各大臣に、多大なご支援とご理解をいただいたお礼を申し上げたいと思います。私たちは両国の最大の利益のために協力した、と私は確信しており、私たちは皆その実績を誇ってよいと思います。

 各省庁でも、谷内事務次官、藪中事務次官、そして河相さん、佐々江さん、齋木さん、兼元さん、三谷さん、西宮さん、門間さん、梅本さん、森さん、宮本さんといった方々との間に特別な関係を築きました。また官邸では、別所さん、石兼さんと貴重で親しい関係を築くことができました。このお2人は、首相と意見交換したいという私の依頼に応えるため、格別に努力をしてくださいました。

 しかしながら、私の東京における任期の大半を通じてワシントンで駐米日本国大使を務められた、優れた外交官が私に与えてくださった支援に対しては、いかなるお礼の言葉も十分ではありません。加藤良三大使と花世夫人のおかげで、日本政府だけでなく日本国民の考え方について非常に深い見識を持つことができました。私たちの関係は、野球を愛するという共通点から始まったのですが、それをはるかに超えるものとなりました。加藤大使は、米国人のものの考え方を体得しています。私たちの欠点を理解すると同時に、私たちの大志をも理解しています。彼ほど自国を代表することに長けた外交官はなく、彼ほど私を助けようと努力をしてくれた友人はいません。その恩に報いることなど、永遠にできそうもありません。

 一国を代表する大使にとって、対処しなければならないのは個人的な関係だけではありません。私の場合も例外ではありませんでした。私たちは、大きな結果をもたらしたさまざまな大きな問題に対処しました。私はその成果を誇りとしています。 北朝鮮が7発のミサイルを発射した朝、私は日本国民の前に立ち、米国は前日と同様にその日も、そしてまたその翌日も、日本を支持する、と誇りを持って言うことができました。その後10月に北朝鮮が核爆発実験を行ったとき、安倍首相は記者から、これで日本は核兵器を持たなければならなくなったのかと聞かれ、「それは違う。米国との同盟はそのためにあるのだ」と答えました。これは私にとって、日米の同盟がいかに強固であるかを表す究極的な表現でした。日米両国共に、日米関係はアジアおよび太平洋地域における外交政策の要である、と信じています。

 その関係を管理する者の1人である私にとって、その言葉はとても喜ばしいものでした。なぜなら、強力かつ健全な同盟関係がなければ、いかなる日本の首相も、あの困難な状況の中であのような返答をすることはできなかったからです。

 そのほかにも多くの成果がありました。過去4年間にわたり、私たちは、1960年の安全保障条約締結以来、この2国間関係にとって最も重要な協定の交渉を行ってきました。その協定の結果として行われる米軍再編は、日米両国が21世紀に共に直面する課題に備えて、日米同盟を近代化するものです。また再編により、米国の日本防衛能力、あるいはアジアにおける平和維持能力を低減させることなく、沖縄に駐留する米軍の規模を縮小することができます。 この件については、実施を待つばかりとなっています。

 日本と米国の安全保障体制は、原子力空母「ジョージ・ワシントン」の配備や、日米がミサイル防衛で前例のない協力を見せたことによっても、著しく強化されました。北東アジアは危険な地域となりえますが、日本における米軍の存在によってその可能性が低くなっています。こうした事実から、日本国民も米国民も同様に安心することができると思います。

 しかし、日米関係で進展を見た事案は、安全保障の問題に限られたものではありません。規制改革イニシアティブでは、貿易と雇用の拡大を促進した措置を過去4年間に280件以上確認しています。2006年に大幅に拡大されたパブリックコメント制度によって、すべての当事者が事業をしやすくするための規制案について、米国民も日本国民も同様に、建設的で前向きなコメントを述べることができるようになりました。こうしたコメントは歓迎されています。また近年は、1980~90年代に日米関係を悩ませた貿易摩擦の破壊的な側面をおおむね回避してきました。規制改革および経済改革によって緊張が緩和され、日米両国は、世界第1位と第2位の経済を、よりうまく統合できるようになっています。ここ数カ月間の金融不安は、日米両国が、全世界が直面する難しい経済問題に取り組むに当たり、緊密に協力できることを実証しています。今私たちは、より大きな協力と統合が約束された未来に焦点を合わせるべきです。

 例えば、農業分野では、日本は既に米国農産物の最大の輸入国となっていますが、規制上の障害がなくなればさらに取引を拡大することができます。日本国民は、食糧安全保障に関する懸念をしばしば表明しています。それは無理からぬことです。戦後、日本では、大勢の国民が飢えに苦しみました。そのような状況に再び陥ることを望む国はありません。しかし、日本には人口統計学的な問題があります。現在、日本の農業従事者の平均年齢はおよそ70歳です。出生率が1.2であることを考えると、この平均年齢が下がる可能性はあまりありません。それならば、食糧と引き換えに日本を脅迫するようなことがない、米国のような民主主義国に、さらに日本の市場を開放することは道理にかなっているのではないでしょうか。私はそう考えます。そして今後、米国と日本がそのための手段を模索することを願っています。

 そのために、米国と日本が両国の経済の統合をさらに進めるべく努力することも、私は望んでいます。私たちは、日本企業による対米投資を歓迎します。日本企業の対米投資は、米国内での雇用の創出につながります。投資と貿易は、繁栄する健全な未来の前触れとなるものです。しかし、貿易と投資は互恵的なものでなければならず、日本人が米国で事業をするのと同様に、米国人が日本で事業をすることも容易にするという目標に向かって、私たちは協力すべきです。

 また私たちは、経済の未来を恐れるべきではありません。世界各地で構築されている知識集約型経済は、私たちの弱点を反映するものではなく、強みを反映するものです。全世界で発行されている特許の72%は、米国と日本の企業に与えられています。その理由は、日米がほかのどの国よりも多くの資金を研究開発に費やしているからです。両国には、一流の大学や研究所があり、そこから生まれるアイデアがより良い世界を築いています。私たちは立ち止まってはならず、恐れてはなりません。私たちが個別にではなく力を合わせて努力すれば、さらに良い成果を上げることができます。

 また私たちは、長期にわたって懸案事項である、日米関係を損なっている問題を解決するために努力をすべきです。例えば、現在も続いている牛肉に関する論争は、繰り返し摩擦の種となっています。私たちはこれを解決する方法を見つけなければいけません。米国産牛肉は安全です。日本国民は米国産牛肉を購入します。米国産牛肉の日本での最終的な成否を、日本の官僚ではなく、日本の消費者に決めてもらえるような国際基準を採用すべきです。日米関係に刺さったこのとげをできるだけ早く抜くことを目指す日本の努力を、オバマ次期政権はきっと歓迎するでしょう。

 経済および安全保障関係以外の分野でも、両国民のきずなを深める努力をすることが可能です。まず、子供が、離婚した両親を訪問しやすくすべきです。日本が「国際的な子の奪取に関するハーグ条約」を批准することは、こうした子供たちの人生に大きな影響を及ぼすとともに、別れた両親の敵意や報復より子供の幸せが大事である、という強いメッセージを国際社会に送ることになります。

 また日本は、米国、英国、フランス、ドイツ、イタリア、およびカナダと同様に、児童ポルノの所持を違法とすることができます。日本では、異常性癖者が毎日のように子供たちを虐待し、その犯罪をあらゆる媒体に記録して、インターネットで販売または配布しています。主要7カ国中、日本だけが児童ポルノの所持を犯罪としていません。日本は、そのような国ではないはずです。日本は、住んでいる場所に関係なく、すべての子供たちの虐待による児童ポルノに金銭を提供する者を訴追する力を、日本の警察に与えるべきです。

 最後に、もうひとつ大きな課題についてお話しをさせていただきます。ここ数カ月間、日本国内の政治状況の結果として、日本が世界で果たすことのできる役割について否定的な論調が目立っています。日本政府が分裂しているため、日本はあれもできない、これもできないという主張がよく聞かれます。日本の国会で、衆参両院をそれぞれ異なる政党が支配するという状況が今までなかったことは事実です。しかし、これは外国ではよくあることです。米国では、2つの政党が政府の異なる部門、あるいは連邦議会の上下両院をそれぞれ支配することがよくあります。こうした状況は、どちらの党にとっても、最も望ましい統治の形態ではないかもしれませんが、それが国家の権益にかなうことであったため、統治の方法をなんとか見つけてきました。そして、それは米国に限ったことではありません。

 私が駐オーストラリア大使を務めていたとき、オーストラリアの連立与党は、私の任期が数カ月を残すだけとなるころまで、上院で多数議席を獲得することができませんでした。そしてそれが実現したとき、25年ぶりに同一政党がオーストラリア議会の上下両院を制する出来事となりました。

 日本は、現在直面している政治的な行き詰まりを克服する道を見つけ出すでしょう。私は、そう確信しています。しかし、その間に日本が国際社会から取り残される道を自ら選ばないことを、私は願っています。

 世界は日本を必要としています。皆さんは、壊滅的な敗戦の灰の中から素晴らしい国家を築き上げる能力を示した偉大な国民です。皆さんと同様に、より良い世界を築くことを望む人々に希望を与えるために、日本人の模範的な行動、勤勉さ、創造性を必要としています。

 世界は間違いなく変化しています。戦後の時代に生まれた古い秩序は終わりました。新しい秩序が生まれつつあります。日本はその新秩序の一部となる必要があります。日本は、その新秩序に対応するだけでなく、それを形作る国となる必要があります。

 日本は、米国の信頼できる同盟国であり友好国として、世界史におけるこの活力に満ちた時代を迎えようとしています。日本は、60年以上にわたり、米国に対する日本の友情がどれほど価値あるものかを証明してきました。日本の皆さんは、米国が突然、ほかで同盟国と友好国を探すことを決断するのではないかと心配する必要はありません。私の故郷テキサス州では、「旧友を捨てて新しい友人を得ようとすれば、1人の友人もいなくなる」という古い格言があります。米国人はこの格言の意味を理解しています。そして私は、米国民が日米の同盟と友好をいかに大切にしているかを、日本の皆さんが理解されることを願っています。

 今、これまで以上に、日本が世界のためにできることに集中して取り組む必要性が高まっています。あと数日で、バラク・オバマが第44代米国大統領に宣誓就任します。彼は「Yes, we can!(私たちにはできます)」という単純明快なスローガンで、米国と世界に衝撃を与えました。この新政権に対する日本の最初の反応が「No, we can't!(私たちにはできません)」であってはなりません。

 アフガニスタンやアフリカの角などの紛争地域で、国際社会がなすべきことは、まだたくさんあります。そして日本はそれを実行することができます。罪のない人々を犠牲にするという点で国際犯罪者の定義に当てはまる海賊から世界のシーレーンを守ることであろうと、アフガニスタンの紛争現場で貢献することであろうと、日本は実行することができます。日本は憲法によりこの種の行動を禁止されている、と主張する人たちもいるでしょうが、私は、日本はこうした行動を取ることによって憲法の約束を果たすことができる、と主張したいと思います。

 現場で貢献するのは、必ずしも兵士である必要はありません。日本は、アフガニスタン、イラク、および中東などに、医師、歯科医、看護士、技術者、教師、科学者、そして技師を派遣することによって、より良い世界の構築に貢献することができます。派遣される人々に危険が及ぶでしょうか。確かに危険はあります。しかし、アフガニスタン、イラク、または中東が機能しなくなり、現在の文明を暴力によって滅ぼし、崩壊させようとするテロリストや聖戦主義者の避難所となれば、日本に危険が及びます。

 今、世界は困難な時期にありますが、私たちはこの困難を正しくとらえるべきです。私たちは今、金融危機の真っただ中にありますが、これは大恐慌に比べればそれほど深刻なものではありません。当時は、失業率が25~30%にも達していました。今回はそのような事態にはなりません。私たちの経済に関する知識が向上しているからです。私たちは、手痛い教訓から、過去の落とし穴を避ける術を学びました。

 戦争が終わったとき、日本とヨーロッパは荒廃していました。世界的な共産主義の不安が、暗雲のように未来に垂れ込めていました。今これらは、すべて消え去っています。

 今日、かつてないほど多くの国民が、自らの運命を支配できるようになっています。 今日、かつてないほど多くの人々が豊かになっています。今日、かつてないほど多くの人々がより健康になっています。今日、かつてないほど多くの人々が十分な食糧を得ています。今日、私たちには、希望を持つ正当な理由があり、絶望する理由はほとんどありません。

 米国と日本は団結しています。私たちは、同じ普遍的な価値観に訴える2つの偉大な国家です。男性も女性も、奴隷としてではなく自由に生きる運命にある、と信じる2つの偉大な国家です。寛容の重要性、討論の英知、そして信教の神聖さを信じる2つの偉大な国家です。私たちの時代は終わろうとしているのではなく、まさに始まろうとしています。

 私は、この2カ国の歴史における、このような特別な時期に駐日米国大使を務めたことを誇りに思います。皆さんが示してくださった親切に感謝しております。そして私は、日米両国の友好を深め、同盟を強化するための活動を決してやめないことをお約束します。私は今後も、日本へ何度も戻ってくることを楽しみにしております。

 しかし今は、日本を去る時です。リンドン・ジョンソン大統領は、大統領として最後にホワイトハウスを去るとき、故郷のテキサス州に戻る理由は、テキサスが「病気になれば皆が心配してくれ、遠くへ行ってしまえば皆が寂しがってくれるところ」だからだ、と語りました。私にとってテキサスは、今でもそういうところです。私は、皆さんがテキサスに来てくださることを願っています。そうすれば、なぜテキサスが今でも私を呼んでいるのかをご理解いただけることと思います。どうもありがとうございました。


 大使ありがとうございます。大変力強いメッセージが伝わってきて非常に感動しました。これが大使に質問ができる最後の機会でもありますので、率直な、以前は口にできなかったような大使のご意見もぜひ聞かせてください。

 まず日米同盟について伺います。2010年には日米安全保障条約締結50周年を迎えることになり、日米両国は、日米同盟あるいは安保条約を再定義する必要に迫られるかもしれません。クリントン政権時代にも再定義が行われましたが、再々定義をすることができるかもしれません。大使はそのような再定義が必要だと考えますか。また私たちは、日本の集団的自衛権の問題についてもしばしば議論してきました。日米同盟の再定義に当たり、この問題にどのように取り組んでいくべきだと思いますか。ありがとうございます。

シーファー大使 私は、再定義することは適切だと思います。ただ日米両国がどのような同盟を望んでいるのかを精査するだけのものであるとすれば、再定義が適切であるかどうかは分かりません。現行の定義が、両国が望んでいるまさにそのものである、ということもありえますが、両国がそれについて話し合い、両国が今後望む日米同盟のあり方を理解するように努力しなければならないと思います。米国が歓迎するのは対等な同盟であり、日本も同じだと思います。対等な同盟とは、将来に向けて同等の責任を果たし、分担も同等であるということです。過去において、日本では必ずしもそうではありませんでした。私は、日本が日米同盟でさらに大きな役割を容易に担うことができると思います。だからといって、日米同盟という青写真に従い、世界中で日本が取るべき行動についてあらゆる米国の提案を受け入れるべきだ、というわけではありませんが、日本は国際問題において、さらに発言力を増すことができると思います。米国はそれを歓迎するでしょうし、日米同盟の定義においてその点を再確認することは、それに役立つと思います。

 集団的自衛権については、以前まさにここ、日本記者クラブで、ミサイル防衛ができることとできないことについて、日米同盟の関連でお話ししたことがあります。技術(の進歩)によって、日本にできることが変わってきました。冷戦のさなかには、日本への侵略があるとしたら、それはソビエト連邦でした。ミサイル防衛などの技術は、その当時とは全く異なります。今では日本に向けて発射される可能性があるミサイルを打ち落とす能力を高めているので、日本は、ミサイルが発射された場合にどう対処するかを決断できるはずだと思います。撃ち落とすには、そのミサイルが日本に向けて発射されたものかどうかを見極める必要があるでしょうか。米国に向けて発射されたミサイルならば、日本は撃ち落とさないと決断するのでしょうか。これは大変重要なことです。というのも、もしアジアでミサイルが発射され、例えば日本の護衛艦にそれを撃ち落とせる機会があったのに、撃ち落とさなかった、そしてその理由が、ミサイルは米国本土に向けられたものだったからと日本側が言ったとしたら、これは米国民にとって理解しがたいことであり、日本との同盟の価値も理解が難しくなるからです。日本はこのような質問に答えなければなりません。それは、そうした質問(に対する答え)が何なのかを知ることが、米国にとって重要だからです。米国はそれに応じて自国の資源を配備しなければならないのです。例えば日本海に日本が護衛艦を1隻、米国が駆逐艦を1隻配備していた場合、日本の護衛艦にミサイルを迎撃する用意がないならば、米国側の計画担当官は、「同等の防衛力を維持するには、米国の駆逐艦を2隻配備しなければならないようだ」と言わなければなりません。

 私は憲法第9条の改正が必ずしも必要だとは考えておりませんが、現代の近代技術を踏まえた上で、日本が集団的自衛権をどのようにとらえているかという点について、その解釈に対する見直しを行う必要があると思います。

 次もまた答えるのが難しい質問かもしれません。航空自衛隊の田母神氏の論文についてお聞きします。田母神氏は、第2次世界大戦中に日本は侵略国ではなかったと指摘し、それが大きな論議を呼んでいます。その論文に関する見解をお聞かせ願えますか。それに加えて、日米は過去の戦争についてお互いにまだ和解していないと思いますか。真の和解に至るには何が必要だと考えますか。

シーファー大使 田母神氏の発言には失望しました。また、彼の発言は事実に反しており、間違っていると思います。この問題では、大多数の日本人が田母神前幕僚長の意見に反対だと思います。そのことに、私たちは皆一抹の慰めを見出していると思います。和解については、日米は既に和解に至っていると思います。そして日米の和解の鍵は、他のアジア諸国への利益だと思います。つまり、私たちは過去ではなく未来に目を向けることとし、お互いに、また世界に対し将来できることを基盤にした関係を築いたのです。これは両国にとって良い結果を生んでいると思いますし、同様の理念が他の国々にも利益をもたらすと思います。

 この質問は、大使にとってあまり好ましい質問ではないかもしれません。ブッシュ大統領は日本で必ずしも評判が良くありませんでした。人の見方にもよりますが、世界的に見てもブッシュ大統領の人気は高くなかったと思います。大統領の評判が芳しくないという状況で、大使としての使命を果たすことは難しいことでしたか。

シーファー大使 難しくはありませんでした。もしブッシュ大統領でなければ、私が日本に来ることはなかったからです。今の時代のあらゆる指導者にとって、解決策が政治的に容易でない場合に指導力を発揮しようとすることは難しいと思います。世界に目を向けても、オバマ大統領以外に人気の高い指導者がいるとは思えません。それには理由があるようです。非常に凡庸な政治家ばかりが寄り集まったというより、問題があまりにも難しいので政治的解決が容易ではないのでしょう。だからといってあきらめる必要はありません。オバマ大統領が人々にもたらした希望は、もう一度やり直せる、再び世界に目を向けることができる、そして人々が団結して問題に対処するために努力することができる、というものでした。素晴らしいことだと思います。米国民はオバマ大統領が成功することを望んでいます。私はそこが重要な点だと思います。世界全体もオバマ大統領の成功を望んでいると思いますが、オバマ大統領が成功するためには、米国民ばかりでなく世界中の民主主義国家の国民も参加しなければなりません。利害関係があると判断し、協力し、違いを乗り越えて、幅広い問題に対処するための協調的な方策を進めていくと決意しなければなりません。

 私はブッシュ政権が単独行動主義だと思ったことは一度もありません。私はいつも、ブッシュ政権は多国間の取り組みをしようとしていると思っていましたし、それはアジアにおいても変わらなかったと思います。しかし、その議論をすると、もどかしい思いをしたので、最終的にはあきらめました。なぜなら、だれもその答えを聞こうとしなかったからです。世界中には取り組まねばならない問題が山積していますが、米国が他国に代わって戦うことは答えにはなりません。米国には、「米国が戦っている間、コートを預かってあげよう」という申し出が多く寄せられます。私たちは他の国の人々にもコートを脱いで、共に戦ってもらいたいのです。それは簡単なことでしょうか。いいえ、簡単ではありません。しかし、世界をより良くするために、自分たちの息子や娘たちばかりが危険な場所に身を置いているという考えほど、米国市民がいら立たしく思うことはありません。私たちは、世界全体が責任を引き受け、私たちが求める国際的解決の一端を担うことを望んでいます。そして私は、オバマ大統領がそのメッセージを米国以外の世界中の国々に伝え、ブッシュ大統領の時よりも好意的に受け入れられることを望んでいます。

 だれが次の駐日米国大使になるのか全く分からないようですが、シーファー大使は次期大使に助言を与えることと思います。駐日米国大使として、こうしなければならない、そしてこうしてはならないという助言があれば、それぞれひとつずつお願いします。

シーファー大使 大変重要なのは日米両国が協力して取り組むことだと思います。私は、日米が協調すれば、アジアは機能し良い成果を挙げることができる、そして国際秩序に平和的解決がもたらされると信じています。しかしながら、もし日本が米国に対する信頼を失い、日本独自の路線を進まなければならないと考えるようになったら、世界のこの地域は瞬く間に危険が増していく可能性があると思います。ですから次期大使に与えるべき最も重要な助言は、「日本と協力すること、そして両国の足並みが確実にそろうようにすることの重要性を過小評価しない」ことです。これから10年、20年、30年先を見通して、日米の利害が根本的に異なってくると信じる理由はどこにも見当たりません。そうなるとは考えられません。そうであれば日米同盟を維持し、共に日米友好関係を永続させていくことが何よりも重要だと思います。

 それでは、してはいけないことは何でしょうか。よく分かりませんが、それは日本国民から自分自身を隔絶することではないでしょうか。米国大使が誰になろうと、これは伝えたいと思います。他国に駐在し、その国の政府に対して自国の政府を代表することは重要であり、それが大使の第一の仕事ですが、今の時代には大使も駐在する国の国民と関わりを持たなければなりません。私は外へ出て日本の一般の人々と交流することができ、そのおかげで、米国との関係において日本にできることと、できないことについて一層理解を深めることができました。それは大変に有益なことでした。ですから、首相や外務大臣や、公務で関わる人たちとだけ話をしていればいいという誘惑に屈しないように助言したいと思います。政府で公職に就いている人以外の方たちとの対話も必要です。

 本日は、日本国民に大使からのメッセージを伝える良い機会にもなります。私からの最後の質問です。せっかく記者クラブにいらっしゃるので、次のことをお尋ねしたいと思います。日本のメディアは米国や日米関係について盛んに報道しますが、その報道や伝え方について何か不満に感じることがありますか。

シーファー大使 不満はありません。前にも言った通り、私に関する報道は非常に公正だったと思います。とは言っても、私について書かれたことすべてを好ましく思ったという意味ではありませんが、文句を言うことはできません。皆さんは私に対して率直でしたし、私が見解を述べたり、米国政府の立場を主張する機会を与えてくれましたので、それ以上望むことはありません。

 私たちに不足していたこと、あるいはもっと関心を払うべきだったことはありますか。また私たちにしてもらいたいと思ったことがありましたか。

シーファー大使 そうですね、私がどれほど素晴らしい人間かについて、もっと書いていただけていたら、と思います。それは冗談ですが、本当に、そういうことはありません。皆さんは立派な仕事をしてきたと思います。日本のメディア環境は厳しく、それは米国でも、さらにはオーストラリアについても言えることです。私たちはそういう世界に生きているのです。大使や政府職員は時に、(メディアの前に)出て行くことが非常に困難なときに出ていきたくないと思い、大きな過ちを犯すことがあります。出て行くのが困難な日こそ、たとえそれが自分にとって第1の選択肢でなくとも、出ていかなければいけないのです。出ていけば、人々と対話し、自分の考えを述べることもできるのです。このような時代に信頼できる仕事をしようとするならば、それを理解する必要があると思います。

司会者 シーファー大使どうもありがとうございます。中井さん、どうもありがとうございます。それでは皆さんから質問を受けたいと思います。質問をしたい方は氏名と所属組織を述べてください。ジェームソンさん、どうぞ。

 大使は先ほど、集団的自衛権の解釈を見直さなくてはならないとおっしゃいましたが、検討は既に行われました。安倍元首相が、柳井元駐米大使を座長とする有識者懇談会を設置しました。この有識者懇談会は、昨年6月に報告書を公表しました。福田前首相は、毎日夕方に行われる首相への直接取材で、テレビ局の記者団に対し、「私は『変える』という言葉を一度も使ったことはない」、つまり「変えようと考えたことは一度もない」と述べ、この報告書を退けました。ですから、米国の提案は却下されたのです。それをご存知ではありませんでしたか。それなら、なぜすべて順調に運んでいるような発言をしたのですか。

シーファー大使 サムさんは、うまくおっしゃいましたね。ええ、ちゃんと分かっています。質問は、私が集団的自衛権を見直すべきと考えているかどうかということですが、その答えは「イエス」です。その報告書が作成された、あるいはその報告書が却下されたのだとすれば、それは石板にでも書かれていたということでしょうか。私はそうではないと思います。私たちが住んでいる活力に満ちた世界では、話し合いや討論が盛んに行われています。この集団的自衛権は内閣が定義する問題だと思います。憲法により定義されるものだとは思いません。ですから再び検討することも可能だと思います。集団的自衛権を見直すべきと考えるかどうか、と尋ねられたので、答えは「イエス」です。

 テレビ朝日の鈴木です。ヒラリー・ローダム・クリントン次期国務長官は、本日の指名承認公聴会で、オバマ政権が包括的核実験禁止条約の批准を求めていくと発言しました。オバマ次期大統領自身も、選挙運動中やその他の機会に、世界中の核兵器の全廃を目指すことを長期的目標とすると明言してきました。大使はこの目標を支持しますか。オバマ大統領在職中にこの目標を達成することが、現実的に可能だと思いますか。つまり、今後4年以内、もしくは8年以内に実現するかどうかという意味です。この目標を達成するために、日本はオバマ政権と協力してどんなことができると思いますか。ありがとうございます。

シーファー大使 これまですべての米国の政権が、核兵器は廃絶することができるという期待と願望を語ってきました。現ブッシュ政権は、核兵器の備蓄削減という点では、この分野において他のどの政権より多くのことを行ってきました。先ごろのロシアとの合意によって、弾頭数を大体8000発から2000発程度にまで大幅に縮小することができました。誰もが核兵器の廃絶を望んでおり、オバマ大統領にはこれに成功してほしいと思います。ヨーロッパおよび日本に米国の核の傘が広がっていることで、色々な側面で平和が維持されてきました。米国の核の傘は、ヨーロッパの平和に劇的かつプラスの影響を及ぼしました。それは日本でも同様だと思います。ですからどのような行動を取るにしても、せっかく保たれている均衡を乱さないように注意しなければなりません。けれども、私は、オバマ大統領のこの問題での成功と幸運を祈っています。私は、オバマ大統領が望むことは、歴代の大統領の多くが望んできたことと大きく異なるとは思いません。私は、核兵器が廃絶される時がいつかやってくると考えています。それを達成するためには、多大な努力、希望、そして国民の側の幅広い理解が求められるでしょうが、実現は可能だと思います。それが4年で実行可能なのか、8年かかるのか、私には分かりません。オバマ大統領に機会を与え、その成果を待ちたいと思います。

 日本の役割についてはいかがですか。

シーファー大使 そうですね。日本は世界で唯一の被爆国として、核兵器廃絶に対する大きな倫理的発言力を持っていると思います。長崎や広島について語るとき、人々は信念を持って、あのようなことが二度と起きてはならないと語ります。それに異を唱える人がいるとは考えられません。私は広島を訪れたときに、「広島を訪れた者は誰もが戦争の悲劇を悼みます」と記帳しました。こうしたことは、もう二度と起きて欲しくありません。これこそ私たちすべてが目指して努力しなければならないことであり、オバマ大統領がこの分野で成功することを心から祈っています。

 個人会員の見市と申します。米国のタイム誌がイスラエルは勝利できないと報じています。パレスチナ問題に関する国連安全保障理事会の会合で、米国だけが決議案への投票を棄権しました。一方、日本は賛成票を投じました。なぜ米国はこの問題で積極的に指導力を発揮しないのですか。

シーファー大使 私は、米国民と米国は指導力を発揮したと思います。妥協が成立したのは、ライス国務長官の尽力があったからだと思います。米国が決議案に拒否権を行使しなかったことは、とても良かったと思いました。もし行使していたら、すべての関係各国と、すべてのパレスチナ人、ハマスが、「全部アメリカのせいだ」と言うことができたからです。米国が棄権したから決議案が採択されました。拒否権は行使されませんでした。その後、イスラエルとハマスの双方が決議案を無視しました。この両者が共に、戦争より平和の方が良いと判断するまでは、中東和平は実現しません。ハマスは、イスラエルにロケット弾を撃ち込んで罪のない人々の命を奪うことで、世界に平和を築こうとしているのだと主張する機会を自ら捨てているのです。ハマスは、腰を落ち着けてイスラエルと交渉することを拒否することで、中東に平和をもたらす努力をしていると主張する機会を自ら捨てているのです。ハマスは、イスラエルを地球上から消滅させなければならないと言うことで、中東の調停者の役割を自ら捨てているのです。和平は、米国の手に委ねられているのではありません。和平はイスラエルと、パレスチナ、そしてパレスチナ内部のさまざまな集団の手に委ねられているのです。和平を実現する準備が整っているかどうかを決めるのは彼らです。武器を捨て、お互いを殺し合うことをやめるのは彼らなのですから、彼らがそれを実行して初めて機会が生まれると思います。彼らがそうしたい、それを行うことがどちらの側にも同等な利益を与えると判断したときに、中東和平が実現する機会が生まれるのです。そして米国ほどその機会を歓迎する国は、地球上どこにもありません。

 共同通信の太田と申します。私の質問は、核の廃絶に関する2つ前の質問に関連するものです。北朝鮮の公式報道機関が昨日、米朝の国交が正常化され、米国による核の脅威がなくなるまで核兵器を断念しないと発表しました。つまり、北朝鮮は、米国がこの地域に提供している米国の核の傘の見直しを求めているということです。そこで、北朝鮮、そして中国が受け入れることができる新たな核抑止体制とはどのようなものかについて、何かお考えはありますか。安全保障面での今後の抑止体制について、何らかの新しい考えをお持ちですか。

シーファー大使 北朝鮮は、やるべきことに取り掛からないという姿勢です。米国は、韓国や日本のために広げた核の傘をたたむことはありません。そのような事態にはなりません。現大統領の監督下でそのような事態が起きることはありませんし、来週には新大統領が就任しますが、彼の監督下でもそのような事態が起きることはありません。それは、米国の安全と他の国々の安全は切り離せないものであり、独裁者や圧政者が、米国、あるいは米国の友好国や同盟国を脅かしたり、いじめたりすることが容認されるようになれば、私たちの安全が危機にさらされるということを、ずっと前に認識したからです。北朝鮮は核兵器を断念することに同意しました。国際社会における北朝鮮の地位を正常化するためには、北朝鮮は核兵器を断念しなければなりません。北朝鮮が核兵器を保有すればその地域が非常に不安定になり、突発的な出来事や戦争が起きる危険が減るどころか、増加することを米国は確信していますから、もし北朝鮮が核兵器の断念を拒否したら、彼らは国際社会から取り残されたままになってしまいます。それは私たちが望むところではありません。私たちは、北朝鮮が核兵器を保有することを容認され、近隣諸国の脅威となった場合に、韓国や日本が受けることになる圧力を理解しています。私たちはそれを良しとしませんし、また次期政権が現政権と同様、核兵器と核兵器開発技術が北朝鮮から拡散することを阻止するために積極的な取り組みを行うことを確信しています。

 私は個人会員の増山です。以前は時事通信社に所属していました。海上自衛隊の燃料補給の問題についてお伺いします。大使は(この問題で)民主党の小沢代表に支持を求めた、あるいは求めようとしましたが、小沢氏はこれを拒否しました。それは不本意なことだったと思いますが、今や日本では民主党政権が実現する可能性があります。そうなった場合、どのような影響、つまり、日米関係にどのように影響するでしょうか。その点についての大使の見解をお聞かせ願えますか。

シーファー大使 日本国民は、自分たちを代表してほしい人、そして自分たちが望む政府を選ぶでしょう。小沢さんが私に会おうとせず、どの外国の大使ともあまり会いたいとは思わないと言われたときには、残念に思いました。私だけではなく他の大使ともそうした対話をすることは、彼にとって有益なことである、と私は思っていました。ようやく一度お会いしましたが、あまり成果は得られませんでした。戦後から自民党が、そして公明党も、米国との同盟関係を維持する意思を持ってきましたが、民主党が政権を取った場合にもそうなることを望んでいます。また、この同盟自体と同盟への日本の参加の問題が、与野党の政争の具とならないことを望んでいます。それは、この同盟にとって必ずしも有益とは思えません。私は、日本が米国と同盟関係にあることを、日本の国民は圧倒的に支持していると思います。与野党はこうした点を十分に考慮するでしょう。では、与野党は、日米同盟のあり方や機能の仕方について、すべての点で合意するでしょうか。その答えは「ノー」でしょう。しかし、米国と日本が同盟関係を維持べきかといった基本的な問題は、政治的議論を超えるものであり、議論されるとすれば、同盟関係の維持の可否ではなく、この関係の機能の仕方といった微妙な差異に関するものであることを願っています。

 以前ラジオ局に勤務していた土方です。国民のレベルの話をしたいと思います。日本人には、核に対するアレルギーがあります、というか、以前はありました。しかし、その感覚は次第に薄れつつあると思います。以前、日本人は、原子力エネルギーと核兵器を区別して考えていませんでしたが、そのような見方は日本からなくなりつつあります。また最近の日本人は変わってきたと思います。この点について、大使の見解をお聞かせいただけますか。ありがとうございます。

シーファー大使 何に関してですか。

 はい。核兵器に対するアレルギーと原子力に対するアレルギーに関してです。多くの人が、この2つを混同して考えていました。少なくとも以前は、それが日本の状況でした。しかし最近では、次第に人々のアレルギーが少なくなっています。例えば、原子力船(の寄港に対する反対運動)もそうですし、過去の悲劇的な経験の記憶も日本では次第に色あせてきており、日本人の核に対する考え方は変化しています。

司会者 では、あなたがお聞きになりたいのは、日本人の核兵器保有に対するアレルギーだけではないのですね。

シーファー大使 そうですね、原子力の民生利用に関して、日本は非常に建設的な経験をしてきたと思います。日本では電力のおよそ3分の1を原子力発電所で生産していると思います。日本の技術水準は、世界のどの国にも引けをとらないでしょう。おそらく、米国の技術よりも優れているのではないでしょうか。それは、日本が原子炉で発電するという考え方を受け入れたからです。それは前向きで良いことだと思いますし、日本の将来にとってプラス以外のなにものでもありません。

 しかし私は、将来、日本が核兵器保有の必要性を感じる時が決して来ないよう願っています。それにはいくつかの理由があります。ひとつには、それが世界のこの地域をさらに不安定にすると考えるからです。私は、日本の核兵器の保有は無駄なことだと思います。無駄という意味は、日本には米国の後ろ盾があるからです。米国は第2次世界大戦の終結以来、核の傘を広げ維持してきており、効果を発揮してきました。ところで、今日本で耳にするような議論を、かつてフランスでは、シャルル・ドゴールが言っていました。それは要するに、核兵器に関しては、ソビエト連邦を抑止するに当たり、米国は頼りにならないという議論でした。ドゴールがよく使った言いまわしは、「ワシントンは、ニューヨークを犠牲にしてパリを守ることはない」でした。私はそれは全く違うと思います。米国は、ヨーロッパのすべての都市を守るために、米国の都市を危険にさらす覚悟をしていて、実際に危険にさらしました。その結果、ヨーロッパでは戦争も核兵器の撃ち合いも起きなかったのだと思います。現在も同じ状況です。米国はニューヨークを危険にさらしてまでも東京を守ることはないといった議論を時折耳にします。それは違います。米国は東京を守ってきました。これを60年間も続けていますし、その状況は今後も変わることはありません。

 もうひとつ指摘しますが、ドゴールは、フランスが独自の核戦力、つまり核攻撃部隊を保有する必要があると信じていました。しかし私は、フランスが独自の核兵器を得た結果、米国の核の傘に依存し続けた場合よりも、安全になったとは思いません。核兵器に関しては抑止力が重要なのです。相手が持っているから、今すぐ自分たちも持たなければならないと考えるのだと思います。私は、米国の同盟国や米国自体、あるいは米国の友好国に対して核兵器を使用した場合、使用国にとってその結果は極めて悲惨なことになるため、誰もそのような企てをしなくなるように、米国が優位な立場に立つことを望んでいます。戦後、そのような抑止力の均衡が存在しており、機能しています。また、核兵器保有国が増えることで世界の平和がもたらされるとは思いません。どう考えても、それで状況が良くなることはないでしょう。従って、日本が世界の中で安全と感じるために、独自の核兵器を保有すべきと決断するならば、それは米国と日本の外交政策が失敗したということになるでしょう。

 個人会員の西崎と申します。まず最初に、日米関係への大使の貢献に深く敬意を示したいと思います。私の質問ですが、大使は米国に帰国され、新大統領に会われることになると思います。また、オバマ次期大統領は、いずれは日本と中国を訪問することになると思いますが、彼はどちらの国を先に訪問するとお考えですか。オバマ大統領に何か提案されることはありますか。彼の外遊はどのような順序で行われるでしょうか。また、私の次の質問は、オバマ大統領が訪日する際、広島を訪問するでしょうか。この2つが私の質問です。

シーファー大使 私には分かりません。まず第一に、私は新大統領に会う予定はありません。単に、米国ではそのようなことはしないからです。しかし、日本はアジア全体における米国の活動の中心ですから、オバマ大統領は近いうちに日本を訪れると思います。従って、オバマ大統領が日本を訪問することも、日本が彼が訪問を希望する国のリストのトップにあることも期待してよいと思います。

 ところで、ここで皆さんにもうひとつ考慮していただきたいのは、彼がこの極めて困難な金融危機の真っただ中に就任するということです。ですから、米国民は、彼が外遊する前に、国内に留まりこの問題にしっかり取り組むことを望んでいるでしょう。ですから、もし彼がすぐに外遊することがなくても、彼が他の国々に対して十分な敬意を示していないと考えるべきではありません。しかし、彼は日本にやってくると思います。訪問先が広島か京都か東京かについては、彼がすべて決定するでしょう。しかし、オバマ大統領は、かつてインドネシアで子供時代を過ごしたこともあり、アジアをよく知っていると思いますし、それは良いことです。また、彼は、ハワイでも成長期を過ごしています。ハワイは、多様性に富み、アジアの情勢を極めて重要視する社会です。ですから、オバマ大統領は、これまでで最もアジアを重視する大統領ではないかと思っています。それは非常に好ましいことと思われます。なぜなら、私は国際秩序の重心はアジアに移りつつあると考えているからです。米国の大統領はそのことを認識すべきだと思います。オバマ大統領はそれを認識し、適切に行動するのではないかと思います。

 朝日新聞の国分です。大使は、日本の国内政治情勢について述べられましたが、ご存知のように、現在、日本政府は分裂状態で、その状況を克服できていません。そして、現在の経済危機に対する政府の対応は緩慢としたものになっています。その理由は、日本の政党制度が成熟していない、少なくとも米国ほど成熟していないからです。あるいは、日本の政治指導者に柔軟性がないからです。私の考えではこの2つが原因です。大使の任務を務めておられた間は、日本の国内政治について、ご自身の見解を示されるのは難しかったとお察しいたしますが、今なら日本の国内政治情勢について少しご意見を頂くことはできないでしょうか。ありがとうございます。

シーファー大使 ご質問は、私が見解を述べることができるか、または述べる意思があるかということですね。その「意思があるか」という点については、私でなく、誰かほかの人間か、私の後任に委ねることにしましょう。ただ、日本では2007年に選挙が行われました。そのときの議論は国内問題に終始したと思います。(与党が)参議院選挙で負けた原因は年金問題だったと思います。外交政策があの選挙戦の争点だったとは思いません。つまり、日本が米国との同盟を維持するべきか、日本が世界でどのような立場を取るのかといった議論は、あまりなかったと思います。一切ありませんでした。従って私は、小泉首相が取った方針と、彼が強く望んだように日本が国際問題で政治的発言力を強めることが、日本のあるべき姿であると多くの日本人が考えていたのだと思います。そして、その点については全く変わっていないと思います。変わったのは、ひとつの政党が衆参両院を支配していないことで、それは、日本国民にとって難しい状況です。また、日本の政治機関も、その状況への対応に苦労しています。対応策を見出すことは確信していますが、私が懸念しているのは、日本がそのために時間を費やしている間に、国際社会から取り残されてしまうのではないかということです。それは日本にとって大きな過ちとなるでしょう。

 先日、日本がアフガニスタンでできる貢献について話し、アフガニスタンでより大きな役割を担い、ひいては国際社会の中でより大きな役割を果すために、それらの提案を(米国の)新政権に提示する用意があることを知り、こうした兆しに非常に励まされたのはそういう理由からです。その提案は新政権に歓迎されると思いますし、また、現在アフガニスタンにいる人々で、日本のより大きな貢献を期待していると思われる人々にも歓迎されるでしょう。それは、英国、ドイツ、フランス、カナダ、オランダ、デンマークなど北大西洋条約機構(NATO)諸国の人々です。これらの国々は、現在アフガニスタンで多大な貢献をしており、彼らも日本がより多くの貢献をすることを望んでいます。もし日本がもっと貢献すれば、米国だけでなくこれらの国々における日本の評判が高まるでしょう。

 東京新聞の安藤です。1月20日にオバマ新大統領の就任式が行われます。米国にとっては、本当に、政党を超える歴史的な出来事です。昨年11月4日に、この歴史的ニュースを聞かれたとき、大使としてというよりも、1人の米国市民として、実際どのようなことを思われましたか。それをお聞かせいただけますか。

シーファー大使 その瞬間、私は誇らしく思いました。私にとって、米国の約束が非常に具体的な形で果たされたということでした。私は1950年代から60年代にかけて南部で育ちました。当事の南部ではまだ人種隔離が行われていました。私が通う公立学校にアフリカ系米国人がいたことは1度もありませんでした。アフリカ系米国人は、私と一緒の学校に行くことを禁じられていたのです。私が行くレストランで食事をすることを禁じられ、私が泊まるホテルに滞在することを禁じられていました。また、彼らは、映画館で私の座る階に座ることを禁じられていました。私のヒーローの1人は、リンドン・ジョンソンです。なぜならジョンソンは、1964年に公共の宿泊施設法、1965年に選挙権法、そして1966年に住宅法を成立させたからです。これらの法律が米国を変えました。

 私が会ったあるコラムニストが、真の勝者、つまり11月4日に勝利した大統領は、リンドン・ジョンソンだと言いました。なぜなら、ついに米国が、ほとんどの米国人の望む国になったからです。それは、どんな子供にも将来大統領になる可能性がある国です。これまで、米国はそういう国だとしばしば口にしてきましたが、実際はそうではありませんでした。そして私がまだ少年でテキサスに住んでいたころは、南北戦争の名残りがあったため、南部出身者やかつての南部連合の市民が大統領に選ばれることはありませんでした。カトリック教徒が大統領に選出されることもありませんでしたし、女性が大統領の候補として真剣に受け止められることもありませんでした。しかし今回の選挙では、米国民はアフリカ系米国人でも大統領に選出されうることを示し、それを誇りに思っています。また、米国人は、女性でも大統領選に出馬できることを示しました。彼女は大統領選では負けたかもしれませんが、女性であるという理由で負けたわけではありません。米国人はそのことを誇りに思っていいと思います。また、投票日の夜、シカゴのあの公園に立っている人々の表情から、米国がようやく約束を果たしたと実感している様子が伝わりました。その思いは世界に広く伝わったと思います。そして、皆さんが1月20日に再び目にするのはこの思い、ようやく実現し始めたと誇りに思う強い気持ちです。ずっと以前に、独立宣言と米国憲法の真の理想の実現を目指して取り掛かり始めたのですが、今、それが実現しつつあるからです。

 NHKの市原です。大使、先日あなたは、拉致被害者の家族にお会いになり、今後も解決に向けて支援を続けると言われました。拉致問題だけでなく、ほかの問題も含めて、今後も日米関係の促進で何らかの役割を果たすおつもりですか。何か具体的な考えは既にお持ちですか。

シーファー大使 当然ながら何らかの役割を果たしたいと思っていますし、助言を求められれば協力したい思っています。これに関しては、いくつかの組織から理事を務めるよう依頼されており、そうできればいいと考えています。今後もかかわって行きたいと思っています。この関係は、日本の将来にとっても、米国の将来にとっても極めて重要です。また、私は日本を愛しています。日本での生活を楽しみました。日本の人々は私にとても親切で丁重に接してくれました。私は、日米が強力で健全な友好・同盟関係を持つことができることを知っています。そのためには、加藤大使がよく言われたように、日米の相互利益を満たすような活動を妨げる雑草が伸びないように、庭に入って世話をする人が必要なのです。ですから、私はそうした仕事に参加したいと思っています。

 以前時事通信社で勤務しており、現在は個人メンバーの長沼です。大使はブッシュ大統領と共に働き、彼とは野球を通じた非常に親しい友人でもあります。同時に、あなたは彼とは異なる政党の党員でもあります。その場合、今までに「これは自分の意見ですが、大統領の意見とは全く違います」という発言をされたことがありますか。ブッシュ氏にそのような提言をされたことはありますか。

シーファー大使 ええ、確かに、私たちの意見が異なる場合がありました。しかし、彼と私は長年にわたり素晴らしい関係にあるので、お互いのことを良く理解しています。私は民主党員です。私はオバマ上院議員に投票しましたが、ブッシュ大統領から共和党候補者を支持するような要請を受けたことは一度もありません。彼が私に頼んだことは、米国のために最善を尽くすことでした。そして私は、そうしようと努めてきました。米国には、所属政党以外の政権にも仕えるという長い伝統があります。それは良いことですし、そのような例がもっと増えればよいと思います。オバマ大統領が、共和党のゲーツ長官に新政権に残るように要請したのをご存知と思います。彼はほかの共和党員にも自分の政権に加わるよう要請すると思います。ビル・クリントン政権の最後の国防長官は共和党のビル・コーエンでした。第2次世界大戦時、フランクリン・ルーズベルト政権の陸軍長官と海軍長官は、どちらも共和党員でした。この2つの役職を合わせたものがいわば現在の国防長官です。エーブラハム・リンカーンは、それまでの陸軍長官が気に入らず、エドウィン・スタントンに政権に参加し、陸軍長官を務めるよう要請しました。スタントンは、リンカーンの前任者、ブキャナン大統領の司法長官を務めた民主党員でした。2つの政権は非常に異なっていましたが、リンカーンはスタントンに政権に加わるよう要請し、スタントンは偉大なる功績を挙げました。そしてリンカーンが死んだときに、あの不朽の言葉「彼は時代と共にある」を残したのは彼です。スタントンはリンカーン大統領を敬慕していました。国家と自分の所属政党に同時に奉仕することは不可能ではありません。今のように党派対立や論争や下劣な政治の本質を目のあたりにするとき、私たちは時々このことを忘れることがあります。民主党員も共和党員も、党員である前に米国人です。そして、米国の国益は、国外においても国内においても、かなえることが可能です。私はそれが最善の政治であり、また正しいことでもあると思います。ですから、私は、オーストラリアと日本で大使を務めたことを大変誇りに思っています。ところで、ブッシュ大統領と彼の党派心についての見解に関して簡単に付け加えたいと思います。その点については、誰よりも上手く説明できるでしょう。彼が大統領への立候補の意思を示したとき、私は彼に支援を申し入れましたが、共和党員になるつもりはないと言いました。彼は、「そんなことは心配していない」と言ってくれました。政治任用制度で任命された者のうち、2期にわたるブッシュ政権の両方で職務を果たした者は、私を含め3人です。3人だけです。8年間通して務めた者はほかにはいません。そしてそのうち私を含め2人は民主党員です。従って、このことは、ブッシュ大統領が党派的支援を求めていたわけではないことを示していると思います。彼は、米国民の利益を向上させるための支援を求めていたのです。

司会者 シーファー大使、どうもありがとうございました。