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*下記の日本語文書は参考のための仮翻訳で、正文は英文です。

在日米国商工会議所「2008年パーソン・オブ・ザ・イヤー」授賞式におけるシーファー大使のあいさつ

2008年12月10日

(草稿)

 かつてフランスのジョルジュ・クレマンソー首相が、ある大実業家にレジオン・ドヌール勲章を授けたことがあります。唯一のそれらしい叙勲理由は、この実業家がクレマンソーの選挙運動に多額の寄付をしたことでした。実業家に勲章を着けながらクレマンソーはこう言いました。「ここに、あなたの欲しがっていたレジオン・ドヌール勲章を授けます。後は、それに値することをしてくださればいいのです」

 私は在日米国商工会議所(ACCJ)に何の貢献もしていませんが、「2008年パーソン・オブ・ザ・イヤー」に選んでいただいた名誉に値することをしなければならない、と痛感しています。このような評価をいただき、私は非常に謙虚な気持ちになるとともに、深く感謝しております。しかし同時に、今皆さんは、私がこの機会に長々と司教の説教のようなスピーチをするのではないかと、ほんの少し心配していらっしゃるのではないかと思っています。どうぞご安心ください。説教が短過ぎるといって文句を言う人はまずいないことを、私はずっと昔に学びました。ACCJのパーソン・オブ・ザ・イヤーに選ばれるということは、非常に晴れがましいことですが、これまでの駐日米国大使の多くが、任期の最後の年にパーソン・オブ・ザ・イヤーに選ばれているということを忘れないようにするつもりです。これは、遠回しに大使を国外へ追い払う手段とも言えるでしょう。

 いずれにしても、本日は、謙虚な気持ちで、また長いより短い方がいいということを十分に認識した上で、私の過去8年間の米国大使としての体験についてお話ししたいと思います。

 民間部門を離れ公職に就いたとき、私には、近代社会における政府の適切な役割について、いくつか思うところがありました。そうした考えの一部は今も変わりませんが、変化したものもあります。私は今、以前にも増して、政府が大きくなってもその質が高まるわけではない、と信じています。より大きい政府は単に大きくなっただけであり、大きくなるにつれて、統治される人々のためになるような運営が難しくなります。同様に私は、統治をすることは、民間企業の経営よりはるかに難しい、という結論に達しました。

 企業を経営する場合には、その成功の尺度として、貸借対照表や損益計算書という非常にわかりやすく客観的な基準があります。最終的には、企業経営の主な目的は利益を上げることです。利益が上がれば事業は存続します。利益が上がらなければ事業から撤退することになります。

 ところが政府の場合は、業績が良くても悪くても、常に存続します。政府の成功の尺度は、客観的というよりは、もっと主観的なものです。政府の成功の尺度が成長である場合があまりにも多く見られます。官僚の場合には、官僚制度のためにより多くの資金と人材を集めれば、そうした資金や人材が賢く使われたかどうかにかかわらず、成果を上げたと評価されます。選挙で選ばれて公職に就いている者も、多くの場合、同様の基準で評価されます。彼らは、予算を獲得すれば喝采(かっさい)を受け、失敗すれば酷評されます。最終的には、これによって無駄と非効率がますますはびこる文化が醸成されるのです。私たちは何とかして、より少ない資金と人材で、より多くの成果を得るよう官僚や政治家を促す手立てを考え出さなければなりません。それまでは、いかに公正で利他的な公務員にも、無駄と非効率が付きまとうでしょう。

 政府は、事業の成功に貢献することが可能であり、実際に貢献しています。望ましい事業環境は企業の誘致につながり、より多くの雇用と富を創出し、地元政府にも歳入増をもたらします。事業環境が悪ければ、雇用と繁栄と政府の歳入を逃してしまいます。

 私は、8年近く海外に住んでみて、米国の将来の繁栄は対外貿易の拡大次第である、ということを、これまでにも増して認識しています。今日、米国における雇用の5件中1件が、外国との貿易に依存しています。

 通信革命によって、今後その比率がますます高くなります。グローバル化という言葉は、非難を込めて使われることもよくありますが、グローバル化は今後も続きます。インターネット、携帯電話、パソコン、そして世界各地での情報の爆発的な増加によって、世界中の企業や起業家が国境のない世界で連絡を取り合い、マウスを何回かクリックするだけで、最良の価格、最良のサプライヤー、そして最良の製品を見つけることができる状況が今後も続きます。たとえ望んでも、私たちは、自ら作り出したグローバル化された世界から抜け出すことはできません。グローバル化された世界はあまりにも大規模で、複雑で、私たちの生活の一部となっているからです。そしてその存在は津波のように私たちを襲っています。

 1990年には、米国内でインターネットに接続している家庭の数はゼロでした。今日、米国内でインターネット接続している端末の数は3億に近づいており、中国では3億を超えています。

 20年前には、インターネットというこの技術が作り出した今日の世界を想像することはできませんでした。今の私には、こうしたさまざまな最新の通信手段のない世界を想像することはできません。

 しかし、私の生まれ故郷のテキサス州でも、ここ日本でも、このような変化と技術が私たちに及ぼす影響について、懸念と不安が広がっています。人々は、自分たちが必要とする仕事や誇りとしている文化が、自らのつくり出した現代の世界で生き残ることができるのか、確信が持てないでいます。私は、こうした仕事や文化は生き残ることができると考えていますが、私たちは明日に備えて何をすべきか慎重に考えなければなりません。

 1833年に、米国の商船タスカニー号が、インドのフーグリ川を上ったとき、その船には、米国から輸出された貴重な貨物である「氷」が積み込まれていました。そう、氷です。冷蔵技術や電力や蒸気船が発明されるはるか以前、米国では製氷事業が盛んでした。その仕組みは次のとおりです。米国北部の川が凍ってしまう冬の最も寒い時期に、巨大なのこぎりで凍った川から大きな氷の塊を切り出します。そして、それをおがくずに詰めて船に積み込み、世界中へ出荷したのです。おがくずは断熱材として非常に優れていたので、南米またはアフリカ回りで、赤道を何度か越えて、氷をインドまで届けることができました。その氷で、インド人も英国人も冷たい飲み物を楽しむことができました。

 今日では、凍った川から氷を切り出して生計を立てている人はいませんが、冷蔵産業では多くの人たちが働いています。技術によって、氷を手に入れたり、食べ物を冷蔵したりする方法は変わったかもしれませんが、技術のせいで冷蔵に関連する雇用がなくなることはありませんでした。むしろ、技術のおかげで雇用は増えました。同様の技術の変化によって、世界経済はもはや、私たちが生産する天然資源に依存してはいない、ということを理解する国には、さらに多くの雇用と大きな繁栄がもたらされる可能性があります。今日の世界経済は、市民の持つ知識と、彼らがその知識を利用するための手段に、より大きく依存しています。

 米国も日本も、グローバル化した世界を恐れる必要はありません。日米は、教養のある国民と強力な教育制度に加えて、研究開発に多大な投資をする企業という、知識集約型経済の基本要素を備えているため、そうした知識集約型経済で生き残る可能性は高くなっています。今日、世界中で発行されている特許の72%近くが、米国人または日本人に与えられています。将来、そのような知的資本を生み出す能力を持つことによって、この両国は、教育面および技術面での優位を維持する限り、引き続き世界の主役の地位を確保していくことができます。知識と、知識を生み出し維持する能力が、今日ほど重要な時代は、いまだかつてありませんでした。

 1960年には、金額ベースで見た世界経済は、農業、製造業、サービス業の3分野に、ほぼ3等分されていました。今日では、金額ベースで見た場合、農業は世界経済全体の約4%を占めるのみであり、製造業は今でも約3分の1を占めていますが、サービス業は急速に拡大し、世界経済の3分の2近くを占めるに至っています。そして、サービス業は、教育基盤と研究開発支出に大きく依存しています。私たちが、ほかの国々を恐れることがなければ、長期的には、教育基盤と研究開発支出を組み合わせることによって、国民のための雇用と繁栄を生み出すことができるでしょう。

 将来、私たちにとって唯一の真の脅威となるのは、日米両国が、過去の保護主義に逆戻りする危険性だと思います。米国は常に、孤立主義に向かう傾向が強い国です。米国は時々、世界は極めて危険であり、米国は米国のことだけに集中している方が幸福である、と主張してきました。19世紀には、2つの大洋が外国の略奪者から私たちを守ってくれたおかげで、米国は繁栄することができました。しかし、20世紀には、2つの大戦の間の時期に孤立主義をとったことが、米国経済と米国民の安全に極めて悲惨な結果をもたらしたため、米国民は、世界から離脱すれば、米国の生活様式が深刻な打撃を受ける危険があることを理解しているはずです。

 島国である日本も、長年にわたって孤立主義と縁があります。日本では、223年間、法によって、国民が外国へ渡航することが禁止され、違反すれば死刑となりました。外国人は、日本文化を破壊する恐れがあるとして、国内の特定の地域に隔離されていました。日本がほかの近代国家の仲間入りをしたのは、ペリー提督の黒船が下田を訪れてからです。そのとき、日本人は、それまで自分たちが主として知っていた封建国家が、拡張政策に躍起になっている西欧先進国に比べ、軍事力、富、技術のいずれにおいても、はるかに遅れていることを発見して驚きました。そうして明治維新が起きたのです。

 今日、ほとんどの日本人は、将来の日本の繁栄は、国際社会への関与次第である、と主張すると思います。しかしながら、今でも、日本人が外国で事業をするより外国人が日本で事業をする方が難しくなるように、規制上および技術上の障壁を設けた方が日本のためになる、と主張する日本人もかなり多く存在します。そうした考え方は、過去には通用したかもしれませんが、これからは通用しません。インターネットとグローバル化によって生み出された通信手段と生産性によって、そのようなビジネスモデルは、21世紀には通用しなくなります。将来「ジャパン・パッシング」が起きるとすれば、その原因は、誰それが米国の大統領なったからではない、と私は考えます。日本が素通りされてしまうのは、日本には国際社会で果たすべき役割がないと日本自らが考えた場合、あるいは日本経済で外国人を歓迎しない場合だけです。

 米国も日本も、自由市場を捨てたら成功することはできません。最近、私たちの知る資本主義の終わりについて、多くのことが書かれ、論じられています。最近の金融危機が極めて厳しいものであることに疑いはありません。中でも、米国の経済は借入資本に過度に依存しており、そうした多大な債務の解消には痛みが伴いますが、私たちは、史上最も多くの国民に最も大きな繁栄をもたらしてきた自由市場を捨てるべきではありません。

 最近の出来事を考えるとき、私は野球の世界での経験を思い出します。私は、審判がいなければ、大リーグの試合はできないと確信しています。自由に試合をやらせたら、一部の選手は、自分が得をするために違反をし、相手をだます誘惑に勝てないでしょう。市場にも、野球の試合と同様に優れた審判が必要であり、その機能は政府が果たすべきです。

 企業と国民は、勤勉と創造力と独創性が勝利を収められるように、試合が正々堂々と行われるようにするための機関を必要としています。同時に私たちは、審判が試合の成功に重要な役割を果たす一方で、審判が自らを試合より重要だと考えた場合には、試合を台無しにすることもあり得る、ということを忘れてはいけません。政府は、顧客にも企業にも同様に、市場機会を確保すべきです。政府は、市場の品位を確保し、正直者よりも不正直者が得をすることのないようにすべきです。その後は、政府は手を引いて、勝敗の行方は競争に任せるべきです。

 そして政府にはもうひとつすべきことがあります。政府は、長期的には利益があるが、短期的には利益率の低い、長期のインフラ事業に投資をすべきです。かつて私たちは、インフラとは道路や橋のことだと思っていましたが、今では、インフラとは教育や研究開発などであるということを理解しています。子どもたちは20代、30代になるまで納税者にならないかもしれませんが、今彼らが読み書きを習わず、自分の能力に応じた教育を受けなければ、国民としての年月の大半を納税者としてではなく税金の消費者として過ごす可能性の方が高くなります。また私たちは、これまでの教育制度は、もはや将来のニーズに合わないことを理解しなければなりません。かつて私たちは、国民に高校または大学までの教育を受けさせれば、彼らに世界に出ていく準備をさせたことになると考えていました。しかし今、私たちは、常に変化するグローバル化された世界で成功するには、国民が今持っている技能が古くなったり時代遅れになったりしないように、その生涯を通じて国民を再教育する手段が必要であることがわかっています。

 また私たちは、知識集約型経済においては、大学が私たちの富の宝庫であることを理解するようになりました。コンピューター産業やバイオテクノロジー産業が、高等教育機関の集中する地域の周辺で発展してきたことは偶然の一致ではありません。インドと中国が、記録的な数の科学者、技術者、博士号取得者を生み出すのと時を同じくして、途上国の世界から脱け出そうとしていることは偶然の一致ではありません。教育のある所に富が創出されます。そして、教育に対して最も大きな影響力を持つ機関が政府です。しかし、政府は成功へのはしごでしかありません。政府が個人の意志と決断に代わることはできません。政府が機会を保証する努力をすれば、社会は成功し、その結果、繁栄が生まれます。政府が成功を保証しようとすれば、失敗に終わります。

 今後、米国も日本も、国民を時代遅れの過去から守ることに躍起になっている政府よりも、未来に向けて国民を教育することにより多くの時間を費やす政府から恩恵を受けることになるでしょう。

 変革にうまく対応するために変革を受け入れる社会の方が、変革から逃れようとする社会より成功する可能性がずっと高くなります。私たちが未知の世界へ踏み出さずに、住み慣れた居心地の良い世界に閉じこもろうとすればするほど、失敗する危険性が高まります。そして、失敗すれば、失われるのは物質的なものに限りません。芸術と科学は繁栄する世界では発展しますが、貧しい世界では痛手を被ります。私たちが日米両国の文化の存続を真に望むならば、避けることのできない変化に適応しなければなりません。米国と日本を世界から取り残された存在にすることができるのは、米国と日本の国民だけです。私たちは、そのようなことが決してないようにしなければなりません。

 今年、ACCJは設立60周年を迎えました。今日の世界は、何年も前に、ACCJの創設者たちが体験した世界とは、大きく異なっています。終戦直後の敵意と苦悩は、ほぼ過ぎ去りました。私たちは、米国人も日本人も、子どもたちが皆、実力次第で成功する可能性がある平和な世界に住みたい、という共通の願いを持っていることを理解するようになりました。今では、米国人も日本人も、民主主義、寛容、そして言論・報道・信教の自由が、自由で開放された繁栄する社会の基盤であることを理解しています。また、自由を堅持する決意をした自由な人間が、専制政治や独裁政治に立ち向かうことができるということも理解しています。そして、米国人も日本人も、この大きく異なる文化と言語と歴史を持つ2つの国の国民が、過去の過ちにこだわるのではなく、将来に目を向けることによって、平和に、そして協調して共存できるということを理解しています。

 60年間にわたり、ACCJの会員の皆さんは、日本と米国の友好と繁栄を促進するような日米関係を築くために最善を尽くしてきました。皆さんは、創設者たちの最も楽観的な夢をも超える成果を上げました。そのことについて、皆さんは大いに誇りに思うべきです。そして私は、皆さんから2008年パーソン・オブ・ザ・イヤーに選ばれたことを、生涯大きな誇りとしていきます。どうもありがとうございました。