Embassy seal
U.S. Dept. of State
flag graphic
 


*下記の日本語文書は参考のための仮翻訳で、正文は英文です。

サラ・ペイリン

 2006年12月4日、サラ・ペイリンは第11代アラスカ州知事に就任した。これはアラスカ州初の女性知事誕生という歴史的な出来事だった。

 州知事就任以来、ペイリンは、資源の開発、教育と労働力の育成、公衆衛生と安全、および輸送とインフラ整備を最優先事項としてきた。ペイリン知事の指導の下で、アラスカ州は50億ドルを州の貯蓄に当て、教育予算を徹底的に見直し、低所得の高齢者を支援する高齢者給付制度を導入した。ペイリン知事は、石油・ガス設備、施設、およびインフラの管理と保守を行う石油システム保全局を設置するとともに、アラスカ州の気候変動戦略を策定するために、アラスカ州の関係機関の代表を委員とする気候変動委員会を設置した。

 就任後初の州議会で、ペイリン政権は、州の倫理法の全面的な見直しと、ガス・パイプライン建設の競争入札という2つの主要な法案を可決させた。

 ペイリン知事は、健康・安全・環境を保護しながら国内の石油・天然ガス資源の保全と効率的な回収を推進する多州間政府機関である、州際石油・ガス協定委員会の委員長を務めている。また最近では、全米州知事協会(NGA)の天然資源委員会委員長に任命された。同委員会の使命は、農業、エネルギー、環境保護、および天然資源管理の各分野で連邦政府の政策が策定される際に、必ず各州のニーズが考慮されるようにするための法律を制定することである。同委員長に指名されるまでは、この委員会の共同委員長を務めていた。

 アラスカ州知事に選出される前は、ワシラ市議会議員を2期務め、さらにワシラ市長も2期務めた。ワシラ市長時代には、固定資産税を引き下げる一方で市のサービスを拡充し、ワシラのビジネス環境を向上させて、新たな産業を誘致した。

 ペイリンは、アラスカ州の最も貴重な再生不能エネルギーである石油とガスを規制するアラスカ資源保護委員会の委員長も務めた。また、互選でアラスカ市長会議の議長に選ばれ、州内の地域社会のニーズへの対応を促進するために、地方・州・連邦政府の関係者と協力した。

 サラ・ヒース・ペイリンは、1964年、アラスカ州のスキャグウェーで教師をすることになった両親と共に、アラスカ州に移住した。1982年にワシラ高校を卒業、1987年にアイダホ大学でコミュニケーション・ジャーナリズムの学士号を取得した。これまでに、スキャグウェー、イーグルリバー、およびワシラに住んだことがある。

 夫のトッド・ペイリンは、アラスカ州で生まれ育ち、ノーススロープで石油会社技師を務めている。また、世界最長のスノーマシン・レース「アイアンドッグ」大会で4回優勝している。

 ペイリン夫妻は、子どもたち(トラック、ブリストル、ウィロー、パイパー、トリグ)とブリストル湾で釣りをするのが趣味である。ユピク・エスキモーであるトッドの祖母から受け継いだアラスカ原住民の伝統が、家族の中で大きな役割を果たしている。長男のトラックは、2007年9月11日に米国陸軍に入隊した。

 知事に就任するまで、ペイリンは、州内各地のさまざまな組織で役員や委員を務めた。また、母親として子どもたちのスポーツ活動を応援したり、学校でのボランティアを務めるなど、家族のイベントにも積極的に参加した。マラソン大会にも出場している。

 ペイリンは、全米ライフル協会(NRA)の終身会員であり、狩猟と釣りを楽しみ、アラスカの歴史、そしてアラスカの素晴らしい自然の恵みを享受している。

 出典:www.gov.state.ak.us